久々の衝撃
久々に衝撃の書に出会った。
中谷巌「資●主義はなぜ自壊したのか」である。検索エンジンで検索されるのを防ぐために●にしてあるが、ここには「本」が入るのは言うまでもない。
最近の異常な世の中、これを冷静に分析した名著(になりえる)であろう。行き過ぎたグローバル資本主義、新自由主義の破綻など近代経済学の大家である氏が自戒の念も込めて、書き下ろした本であるが、内容はここでは詳しくは書かないが是非一読を勧めたい。
驚くべきは、中谷氏自身の信奉してきた近代経済学の事実上の否定である。拙者的にはこれは衝撃だった。
この本を読んでいて思い出したことがある。拙者が大学院に入学したての頃だ。
拙者の学んだ大学院はまさにアメリカ的近代経済学研究が盛んな大学だった。文系的な経営学のようなあまり定性的な理論は褒められることがなく、統計学をベースとした計量経済学や数学など定量的な手法を駆使した研究が盛んで、そういうものこそが最高であるといった具合だった。
先生は皆、米国に留学し、博士号を取得した先生方で、思いっきり市場原理、自由競争こそが世の中の厚生を極大化するのだといった理屈が支配していた。それは拙者に言わせれば、ほとんど原理主義的なイデオロギーのようなものだった。
そもそも経営大学院なので、実務的なことがもう少しあるかと思ったら、結構どころか相当アカデミックで、最初は拙者の苦手な数学や統計学ばかりやらされ、さらにはそれを使ったコンピュータ解析など、本当についていくのがやっとで入学早々死にそうになった。
学部時代は専攻が全く違うので、経済学については大学時代は一般教養レベル以下の知識しかなかった。大学院に入るために一応は勉強したが、付け焼刃以外の何物でもなく、試験が終わった途端に全部忘れるありさまだった。
本格的に授業が始まり、経済学の授業が始まったときの拙者の最初の感想は、違和感の一言だった。
前提条件や仮定に基づき(これがものすごく胡散臭く感じた)、理論が展開されることもさることながら、自由競争という考え方にも拙者はなじめなかった。頭が悪すぎるのか、今だから言うが考え方を理解するのに、1年半ぐらいかかったから、マスターコースの修了間際までなじめなかったということだ。
ある授業で、こうした考え方について議論になったとき、当時、石油業界という規制業種出身の拙者が発言を求められたとき、拙者はこんなことを言った。
「規制を利用して、その企業が利益を極大化するのは本当に悪いことなのか?規制を参入障壁として利用して企業がいい思いをするのは、それはそれで立派な企業戦略ではないのか?」
と発言したところ、一体こいつは何てトンチンカンなことを言っているのだとばかりに、教授にボコボコにされたのを今でも覚えている。競争的でないマーケットなんて、とんでもないといった具合だった。
そのとき、なぜそれがいけないのか、拙者はいくら言われても理解が出来なかったのである。今にして思うと、当時はロジカルには説明できなかったが、その違和感はある意味で正しかったのかもしれない。
ちなみに、拙者は最終的にはその先生のゼミに入門し、修士号を取得しているのだから、皮肉としか言いようがない。
拙者のかつていた石油業界も、その後の規制緩和で古き良き時代は終焉を迎えた。利幅は自由競争で完全に失われ、元々はその厚かった利幅を前提に多数の雇用が創出されていたが、経済合理性の追求と競争激化に伴って事実上の無人店舗となる給油のセルフ化、そして窓拭きサービスやスタンドマンの道路への送り出しといった付加価値?サービスはすっかり見かけなくなってしまった。
行き過ぎた競争によって、ぺんぺん草も生えない全く魅力のない市場になってしまい、業界としても活力を失ってしまった。
今にして思えば、こういう言い方は失礼だが、ヤンキーや不良上がり、低学歴の人材でもああいったセクターで雇用が確保され、それなりの生活基盤を維持できていたのに、それさえもなくなってしまったのだ。
考えてみると、産業界ではそうなってしまった業界がほとんどではないだろうか?企業も活力がなくなれば、実業団などのスポーツや華やかな広告など、様々な文化的な面も一気に廃れてしまった。
経済理論では「非効率」と片付けられてしまうようなものも、かつてはいい意味で温存され、富の分配もそれなりに広くあまねく行なわれていたのである。
それが精神的にも”余裕”を生み出し、総じて満足度の高い平和な社会を生み出していたのである。
一転、全てにおける効率重視が格差を生み出し、スーパーリッチに代表される富裕層とワーキングプアに二極化し、一度後者に落ちたら個人の努力だけでは挽回できないほどの格差を生み出してしまったわけである。
そうした中で社会がすさみ、日本人の伝統的な価値観や優れた社会規範を破壊してしまった。どうやってそれらを再生すればいいのか、今のままだと皆目見当が付かない。
もう一つ衝撃だったのは、昨日NHKスペシャルでやっていた南アフリカの現状についてである。15年前までアパルトヘイトが存在し、黒人は差別の撤廃に向けて一枚岩だったはずの社会が、少数の富裕層と多数のワーキングプアに二極化し、様々な社会問題を引き起こしているという内容だった。
こうしたことが世界の至るところで起こっており、その行き着くところに何があるのか、今回はそういったことへの不透明感という重い問題を抱えてしまっていることを改めて感じた次第であった。
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