最近、会社で人事異動が出た。
クビになった人もいれば、配置転換になった人、異動を希望したが受け入れられず残留になった人、様々である。
拙者は現時点では何もなしだ。
職場にいわゆるエリート君が多いと、何かとプライドやら見栄というものがあるようで、拙者からすると些細なことで見栄張ったり、つっぱったり、へこんだりしているのをよく見かける。
近くのA君(20代後半)は無情にも3月末をもって解雇だ。普通はこの業界ではクビあるいは辞めるとなるとすぐに会社に来なくなるのが通例である。
ところが、彼はずっと会社に出社してきている。周囲の連中の視線は冷たく、クビなのにまだ来ていると陰でいろいろと言われていたりするばかりか、まるでいないかのような扱いをする。見ていて痛々しい。
どうやら、彼は実家から通勤しているようなのだが、実は親には解雇になったことを言っていないようだ。結婚を考えているという年上の彼女にもだ。
そんなことをしたところで、いつかはバレるし、精神的にも辛いだけではないだろうか?拙者なら親にも彼女にも暴露して相談していただろう。その方がいろいろと気も休まると思うのだが。。。
求職活動もしているようだが、オフィスにいたのでは次の職場も見つかるまい。さっさと会社なんか出て職探しに専念すべきなのに、一体何を考えているのかと思ってしまう。
もう一人、同僚のB氏。彼はコンプレックスのかたまりである。
名門の麻布中・高と出たはいいが、大学は世間の想像に反して早稲田。これが結構コンプレックスになっているようだ。拙者みたいな雑草からすれば、十分うらやましいが、彼にとってはそうでもないようである。
その後、就職活動では見事リベンジを果たし、名門銀行に就職。ところが、そんなエリートがゴロゴロしているレベルの高い職場ではなぜか裏街道人生。仕事もいくつか変わったが、処遇はどこに行ってもパッとしない。いつしか、強烈なコンプレックスが高じて負のオーラを漂わすようになり、陰では「ゾンビ」のあだ名で呼ばれていたりする。
そんな彼が、閑職へ異動になった。実はかなり前の人事異動で既に行くことになっていたのだが、諸事情から組織改変が延期となり、比較的華のある現在の部署で起死回生を図るも、むなしく一度出された辞令は撤回されなかったのだった。
一時は、起死回生に燃える彼は、「ゾンビ復活か」と言われる勢いだったが、拙者の目には案件もないのにあるように装うカラ騒ぎにしか映らなかった。現実、そうだったようである。負のオーラの人には案件というものは来ないものなのである。
引導が渡される形で今回の人事異動が出て、それからというものでかい声で電話で話したり、賑々しくミーティングだと騒いだりといったカラ騒ぎはぱったりと止み、たまたま外交先からの帰りで会社の近くの道端ですれ違っても伏目がちで、完全にくたびれたオヤジといった風情で、視線も定まっていない感じである。見るからに負のオーラ全開といった感じである。
先日、たまたま雑談したときに、ある有名私立の幼稚園に娘さんを入れたばかりなのだという。年齢は拙者の一回り以上上だから、相当年食ってからのお子さんのようだ。お子さんがかわいいのは分かるが、このおっさんが定年過ぎてもお子さんは大学も出ないわけで、クソ高い私立の学費をそれでも払い続けるつもりなのだろうか?根っからの見栄っ張りのようである。
そんなわけで、まだまだがんばらなくてはいけないのに、会社は無情にも引導を渡すような処遇をする。実にサラリーマンの悲哀を感じる瞬間である。
でも、別に解雇されるわけではないのだから、ああそうですかとヘラヘラ適当にやればと拙者などは思うのだが、そうもいかないようだ。
拙者は、今の立場になって気楽なのは、全く出世とか世間体を捨てていることだ。理不尽な人事異動があったとしても、ああそうですかと受身で対応し、会社なんかでなく別のところにモチベーションの軸足を移していくことが出来る。そういう境地に達している。
早々にくだらない出世争いや権力争いから距離を置き、肩書きとかでなく、自分の成し遂げた仕事で人知れずレスペクトされる人になりたい、そういう”職人”になることを心に誓ってからは、サラリーマンがこんなに気楽で快適なものかと思えるようになったほどである。
むしろ、そんな適当に構えている方が、悪いようにはならないものらしい。いいことがあったら超ラッキー、一見悪いことがあっても人生万事塞翁が馬と考える。
タダでさえ疲れるこの世の中、つまらない見栄ごときでさらに疲れるような真似はしたくないものである。
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