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2009年3月27日 (金)

サクラサク

この四月から、また学生をやることとなった。このブログでの予告どおり、法学部(法律学科)へ進学したのだ。

http://www.keio.ac.jp/ja/contents/college_song/1.html

まだやるのか、学校はもういいだろとかなり呆れられた。

周囲からは無謀との声もあったが、仕事もこの経済環境で暇なのと、会社からも便のいい都心にキャンパスがあること、”外回り”の利点を最大限駆使して、学ぼうというものだ。

一応、会社(上司)も公認。さすがにカネは出してくれないが、こんな好き勝手が許されてありがたい話である。アラフォーにして、キャンパスライフを満喫?粋でないかい。若いのには負けないぜ。

問題は、本当に通いとおせるかという問題だが、今のところ気合は十分。必ずや、やってみせる。いつも無謀をやって見せるのが、拙者のやり方だ。

その昔、挫折したことがあるため、勉強法はそれなりに研究した。時間がない分、効率的にやらなくてはならないのだ。

学費もそうだが、書籍代もかかるので、しばらくはこれで遊びにも行けない。学費は株価が何分の一になって完全に死んでいたクソ株を損切って捻出した。さっさと金を回収して、自分に投資すればその大損で失ったカネがあったとしても、気持ちの上でも有意義にも感じるだろうし、長い目で見て取り返せると思ったからだ。

久しぶりに六法も購入。自分に合っている文献も吟味して購入。アマゾンで買ったものが順次家に届き始まったので、早速予習を始めようと思っているところである。

有名な先生の本だからと言うのではなく、今回は自分にあった本という観点で選んでみました。読みやすい、本そのもののページのめくりやすさや手触り感、そんなことも重視してみた。フィーリング重視の選択法である。

かつては司法試験受験生が基本書にしていたものなどという基準で、読みにくいものを無理してやったものだが、今回はやめてみた。

さすがに下駄は履かせてもらったが、数年かかるかもしれない。せっかくなので”オトナの学び”を満喫したいと思っている。

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2009年3月24日 (火)

拙者に採用やらせていいのか?

拙者、このたび採用面接をやることになった。今から楽しみでしょうがない。

今時の学生さんって、どんなんか見てみたいものだ。

今からどうしようかなあ、あんなこと聞いたり、こんなこと聞いたり、なんて考えていたりする。柄にもなく、志望動機とか、自己PRとかさせちゃうんだろうか(笑)。圧迫面接やっちゃおうかな、とか。マジで笑える。

「御社に入りたいです。」なんて言ってくる学生に、

「やめたほうがいいよ、こんな会社。人を大事にしないし、ろくな運命待ってないぞ。」とか、

「M&Aとかやりたいです。」とか言ってきたら、

「何も知らないくせに、そんなのすぐにお前に任せるわけねえだろ、何うぬぼれてんだバカ。」

なんて、平気で言っちまいそう。

挙句の果ては、

「○×の●●とかいう面接官、超ウザ」

なんて掲示板に書かれちゃったりして(笑)。

この業界では、地アタマも悪いよりはいいに越したことはないが、それ以上にガッツとホンモノのやる気、どんな理不尽にも耐える神経の図太さorポジティブさ、そして社会に出てからいろいろなことに興味を持って勉強を続けられる素質があるかが重要だと思っている。

どいつもこいつも、これまで採ってくるのは”規格外品”の線が細かったり、自分は頭がいいと思っている勘違いヤロウばかりなので、そういうのは片っ端から落とすつもりである。

特に”安定”などという拙者的NGワード使った奴は、即不合格である。公務員にでもなれっての。

いくつかの会社で、どう見ても”変人枠”で採用されてきたと自認する拙者のこと、攻めの採用でアグレッシブな人材を発掘したい。

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2009年3月17日 (火)

見栄の代償

最近、会社で人事異動が出た。

クビになった人もいれば、配置転換になった人、異動を希望したが受け入れられず残留になった人、様々である。

拙者は現時点では何もなしだ。

職場にいわゆるエリート君が多いと、何かとプライドやら見栄というものがあるようで、拙者からすると些細なことで見栄張ったり、つっぱったり、へこんだりしているのをよく見かける。

近くのA君(20代後半)は無情にも3月末をもって解雇だ。普通はこの業界ではクビあるいは辞めるとなるとすぐに会社に来なくなるのが通例である。

ところが、彼はずっと会社に出社してきている。周囲の連中の視線は冷たく、クビなのにまだ来ていると陰でいろいろと言われていたりするばかりか、まるでいないかのような扱いをする。見ていて痛々しい。

どうやら、彼は実家から通勤しているようなのだが、実は親には解雇になったことを言っていないようだ。結婚を考えているという年上の彼女にもだ。

そんなことをしたところで、いつかはバレるし、精神的にも辛いだけではないだろうか?拙者なら親にも彼女にも暴露して相談していただろう。その方がいろいろと気も休まると思うのだが。。。

求職活動もしているようだが、オフィスにいたのでは次の職場も見つかるまい。さっさと会社なんか出て職探しに専念すべきなのに、一体何を考えているのかと思ってしまう。

もう一人、同僚のB氏。彼はコンプレックスのかたまりである。

名門の麻布中・高と出たはいいが、大学は世間の想像に反して早稲田。これが結構コンプレックスになっているようだ。拙者みたいな雑草からすれば、十分うらやましいが、彼にとってはそうでもないようである。

その後、就職活動では見事リベンジを果たし、名門銀行に就職。ところが、そんなエリートがゴロゴロしているレベルの高い職場ではなぜか裏街道人生。仕事もいくつか変わったが、処遇はどこに行ってもパッとしない。いつしか、強烈なコンプレックスが高じて負のオーラを漂わすようになり、陰では「ゾンビ」のあだ名で呼ばれていたりする。

そんな彼が、閑職へ異動になった。実はかなり前の人事異動で既に行くことになっていたのだが、諸事情から組織改変が延期となり、比較的華のある現在の部署で起死回生を図るも、むなしく一度出された辞令は撤回されなかったのだった。

一時は、起死回生に燃える彼は、「ゾンビ復活か」と言われる勢いだったが、拙者の目には案件もないのにあるように装うカラ騒ぎにしか映らなかった。現実、そうだったようである。負のオーラの人には案件というものは来ないものなのである。

引導が渡される形で今回の人事異動が出て、それからというものでかい声で電話で話したり、賑々しくミーティングだと騒いだりといったカラ騒ぎはぱったりと止み、たまたま外交先からの帰りで会社の近くの道端ですれ違っても伏目がちで、完全にくたびれたオヤジといった風情で、視線も定まっていない感じである。見るからに負のオーラ全開といった感じである。

先日、たまたま雑談したときに、ある有名私立の幼稚園に娘さんを入れたばかりなのだという。年齢は拙者の一回り以上上だから、相当年食ってからのお子さんのようだ。お子さんがかわいいのは分かるが、このおっさんが定年過ぎてもお子さんは大学も出ないわけで、クソ高い私立の学費をそれでも払い続けるつもりなのだろうか?根っからの見栄っ張りのようである。

そんなわけで、まだまだがんばらなくてはいけないのに、会社は無情にも引導を渡すような処遇をする。実にサラリーマンの悲哀を感じる瞬間である。

でも、別に解雇されるわけではないのだから、ああそうですかとヘラヘラ適当にやればと拙者などは思うのだが、そうもいかないようだ。

拙者は、今の立場になって気楽なのは、全く出世とか世間体を捨てていることだ。理不尽な人事異動があったとしても、ああそうですかと受身で対応し、会社なんかでなく別のところにモチベーションの軸足を移していくことが出来る。そういう境地に達している。

早々にくだらない出世争いや権力争いから距離を置き、肩書きとかでなく、自分の成し遂げた仕事で人知れずレスペクトされる人になりたい、そういう”職人”になることを心に誓ってからは、サラリーマンがこんなに気楽で快適なものかと思えるようになったほどである。

むしろ、そんな適当に構えている方が、悪いようにはならないものらしい。いいことがあったら超ラッキー、一見悪いことがあっても人生万事塞翁が馬と考える。

タダでさえ疲れるこの世の中、つまらない見栄ごときでさらに疲れるような真似はしたくないものである。

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2009年3月13日 (金)

弱わっ・・・

先日、大学院のゼミのOB会に行ってきた。

大概は、もう来るメンバーも固定されてはいるものの、構成としては1/5ずつ大学の教員・研究者、自衛隊関係、公務員、そして残りの2/5が民間企業といった感じである。若干、大学教員が多い印象で、ひょっとすると2/5ぐらいいて、民間企業の人が少なかったかもしれない。

たまたま拙者の席の周りは、某軍事組織系の陸関係の少将・准将殿と、空関係の大佐殿という先輩に囲まれたため、そっち方面の話題が多かった。

なかなか興味深い話や一方で笑える話が多かったが、印象に残ったのが”パワハラ”問題だ。最近は軍事組織にもこういう問題があるそうだ。

そもそも上下関係がはっきりしていて、命令で人を動かす組織である関係上、そんなことを口に出すのはありえないと思うのだが、そういうことがあるそうである。

若い人はちょっと怒鳴られたり(叱られたり)、詰められるとすぐ辞めちゃったりするのは、同じだそうだが、今にそういうのを訴える奴が出てきそうな勢いという印象を持った。人材難なのでそういうのを上官が思いとどまらせようとなだめすかしたり、いろいろと大変なようである。

「そもそも命令で動いているんだから、それをパワハラといわれても困る」

という、信じられないお話だったが、この国はそこまで来たのかという思いだった。

それにこういうのもあるのだという。最近は女性の上官が増えてきているそうで、なんでも将官級もいるのだそうだ。

実際現場で、女性の上官に「男のくせに、こんなことも出来ないのか」と詰められてしまうといったケースも出てきており、問題になっているそうだ。

まあ、世の中には男勝りの人もいっぱいいるから、仕方がないとはいえ、確かにこう言われたら、伝統的価値観からすれば男としては全く立つ瀬がない。

まあ、ジェンダーとか問題にする人たちからすれば、そういうのは別に当たり前ということになるのでしょうが、何とも情けない話である。

拙者などは、どっかの小売業のキャッチフレーズではないが、別の意味でエブリデー・パワーハラスメントが当たり前の業界だったので、叱られる、詰められるは当たり前で何とも思わないが、全く耐性のない奴が増えているのは事実である。

自分の下にもそういう奴がいるのだが、ある時そいつに資料を作るよう指示したのだが、やりますといって引き受けて作業に入ったものの、期日であった翌朝までに仕上がっていないばかりか、出来ないということを報告しないので、徹底的に詰め倒した。

結局、資料はそのパートなしでごまかして何とか乗り切ったが、実に腹立たしかった。

たぶん拙者が、そういうもっと上の立場に立ったら、厳しいトレースを行う悪名高いパワハラオヤジとして君臨し、下の奴がパワハラだなんて訴えてきたり、一言でも言おうものなら、即座に切捨て御免にしてしまうことは間違いないだろう(笑)。

新撰組にも厳しい法度があったが、あれと同じようなものである。

拙者たちの業界にそんな軟弱な人は向かないし、そもそもいらないのである。引導を渡してやるのがその人のためだとさえ思う。

ハラスメントという言葉を振りかざして、組織の規律を奪うことにもなりかねない最近の趨勢は、正直いかがなものかと個人的には思うのである。

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2009年3月 2日 (月)

物事の成否を分けるもの

今日、昔前の会社でお世話になった人が役員に昇進されていた。

拙者は、珍しく自分のことのように嬉しく、祝電というのも堅苦しいので、メールでお祝いとお世話になった旨お礼の言葉を添えて送信した。

しばらくすると、すごく忙しい人なのに、メールが返ってきた。恐縮もしたが、この人らしくもあり、ああこの人のこういうところがお客さんの支持につながっているんだろうな、と思った。

この人は、とにかく目の前の事に本当に全力で取り組む人である。その一生懸命さといったら、これ以上ないというくらいなのだ。

拙者は、縁あって随分様々な案件でこの人と一緒に協働する機会に恵まれた。拙者がどんな形で仕事をしたかは拙者の思い出ということで詳しくは紹介しないが、その多くは成功に彩られているものがほとんどだ。

どんなに困難があっても逃げたりしない、そして常に自分の頭で考える。そしてお客さんのためにとことん奉仕する。別に出世願望があったわけでもなく、むしろ利他の精神にあふれていた。

結果的に、お客さんの評価も高まり、拙者も随分その恩恵にあずかったばかりか、仕事のやり方、案件執行の上でのいろいろな考え方を学んだ。

汗をかくことを厭わない姿勢がいい仕事の第一歩であることを胸に深く刻むこととなったものである。

それから時は流れ、あれから何年かの月日が経った。今、別の会社に移った拙者が見たものは唖然とする光景である。

今日、ある案件の提案書について、ミーティングがあった。ある項目について、Agendaにはなぜか「パクリを使用」と書かれている。

何をパクるのかと思っていたら、某東●大学という日本の最高学府を出たという担当者は、

「これをパクって、そのまま使ってください。」

とニヤニヤしながら悪びれもせず、パサッと拙者に資料を投げてきた。

見ると、拙者の古巣の彼らと同じ業務をやる部門の作った他社向け提案資料を投げてきたのだ。他社の作った資料をそのままパクれと言ってきたのだ。

拙者は、「こいつらにはこの仕事をするプライドってものがないのか!!お客をバカにしているのか!!」と腹の中が猛烈に煮えくり返ったが、一方で瞬間的にこんなことを平気でするこいつらに言っても仕方がないという諦めのような気分にもなり、「ああそうですか。」とあっさり流した。

当然、自分で考え、理解して作っていない資料など、人に説明できる訳がないから、全て却下する予定である。そうなったら、そんなもの蛇足以外の何物でもないので、突っ込まれたときに弱い。それに、その他社が同じものを出してきたら一体それを見た顧客はどう思うだろうか?この男はそんなことも分からないのである。

元々地頭が良かったのか知らないが、こんな思考停止の恥を知らない男、拙者は絶対に許せなかったのは言うまでもない。

そんないい加減な姿勢で臨む奴に案件など獲れるはずがない。獲ったとしても、どこかでそのいい加減さが露呈して、大事故や顧客とのトラブルになるのが関の山である。

いい加減な仕事をして、フィーは9桁ないと嫌ですなんて、不遜この上ない商売をやっている会社に将来はないなと思ったのは言うまでもない。こんなのが間違って会社の幹部になったら、本当に先が思いやられる。

ただ、最初の話に戻るが、真摯にやっている姿勢はきっと誰かが見ている。それが目に見える成功に結びつかなかったとしても、愚直に物事を手抜きなしに取り組む人間でありたいと拙者は思っている。

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2009年3月 1日 (日)

日本の現代史を学び直すいい契機

書こうと思って書いていなかったのが、白洲次郎の話だ。

ちょうど、NHKのドラマでもやっているので観た人もいるかもしれない。

書店などでは、これもあってか白洲次郎関係の本が並んでいて、まさにブームになるかといった雰囲気はある。早速拙者も読んでみた次第である。

それにしても、全てがかっこいい!かっこよすぎる!

これは、大河ドラマの直江兼続と並んでひょっとすると、はやるかもと内心思っているのだが、結果はいかに。。。

要するに、混迷する政治と自分のことしか考えていないバカ政治家、草食男子に代表される(やや古い世代の感覚からすれば)だらしない男ばかりの世の中にあって、骨のある日本の男がいない中で、まさに待望論から生まれたドラマなりブームなのだろう。

いずれも共通するのは、優れた頭脳が前提にはなっているものの、深い教養と洞察力を支えに自分の信念を貫き、相手が一般に強者と思われるものでも一切媚びることなく、自己の主張を堂々と行なう人物像である。

拙者もそうありたいと常々思っているところだが、まだまだそこへの道は険しい。

考えてみると、日本の教育現場においては、ちょうど日本史の授業では縄文時代から教え始まると大正以降あたりには学年末がやってきて、特に戦後史などは教えないから、このあたりの知識は意外に手薄だったりする。どうやって、日本国憲法が生まれ、日本が国際社会に復帰して行ったかということは極めて重要であるはずなのに、そこがほとんど日本人の意識の中から抜け落ちてしまっているのである。これは由々しき事態のはずである。

なので、動機がそんなかっこいい人がいたからというのはそもそもマヌケかもしれないが、これを機会に日本の現代史をもう一度学び直してみるのもいいと思った。

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