苦労して得た情報のありがたさ
学校で勉強し始めて改めて思ったのは、ネットを使って簡単に情報が集められる環境と自分で情報を集めに行かないと必要な情報が手に入らないというのでは、情報に対する価値観が全然違うということ。
大学でのレポート提出や勉強においては基本的にネット検索した情報をそのまま用いるのは、原則禁止だから、図書館通って本を読んでという超アナログな情報収集を強いられる。
そのように、自分にとって真に必要な情報の選別を手間ひまかけて自分でやるという行為そのものに改めて新鮮さを感じたり、そうして得た知識の重みやありがたさは全然違うのである。
拙者などはアタマが悪いので、書物を読んだだけでは実は全くといっていいほど頭に残らない。なので、実際手を使って書いてなぞってみる。多少はマシだが、それでも定着率はいいとはいえない。でも、やらなかったら何も残らないから、やらないよりはずっとマシである。要するに不器用なのである。
先日、ある先輩の同僚が拙者がかつて獲得した案件の提案書を汎用の雛形にしたいから、データのファイルをくれないかといってきた。
どうやら、それを使えばどんな人でも勝てると思ったのだろうか?
拙者はそれは違うと声を大にして言いたい。パクったところで、その提案書の行間にあるノウハウこそが本質であって、そういうものは細部にこそ宿っているものなのである。そこを詰めていく努力や、もっと言ってしまうと、そもそも出来レースに持ち込む日頃の行動こそが、勝利の秘訣なのである。
仮に、その資料をアタマがいい素人の人が分かったつもりして説明したところで、すべての質問に対応できるだろうか?多分出来ないと思う。きっと、素朴な疑問であればあるほど答えられないはずだ。
自分でやりもしないで、分かった気になるのは、危険この上ないし、カネもかけている上、絶対に失敗が許されない話をしなければならないのに、こちらを信じて依頼してきた顧客をバカにしていると思う。
拙者は、そんな提案資料を作るとき、ある程度アウトラインは定型的(いわゆるフレームワーク)にはなるが、一つ一つをオーダーメードしている。イメージとしては、F1レースなどでエンジンを毎戦毎に改良進化を加えるように、見た目は同じようでも中身は結構変えているし、それがプロとしてのプライドであり、こだわりなのである。もちろん、拙者も大一番では徹底的に作りこんだ”スペシャルエンジン”を用意して勝負に臨んでいる(実は、仮に負けても諦めがつくようにやっているだけかもしれない)。
我々の仕事も自動車レースの世界と一緒で、汎用や型落ちのエンジンで勝てるレースなど、ちょっとレベルの高いカテゴリーではありえないし、それでいいと思っているのは本当にこの仕事をなめている証拠だと思う。
一応の実績に対するレスペクトがあるから、拙者の”マシン”を貸してくれということなんだろうが、拙者に言わせればそんなもの”型落ちのマシン”だし、最新仕様の”ワークスマシン”は拙者(あるいは真にノウハウを持つ人)しか作れないし、だいいちそういうマシンほど”乗り手”を選ぶのだと言ってやりたかった。
最も価値のある情報は、汎用とかコモディティ化やモジュール化には、なじまないものなのである。
自分の足で、手で、苦労して情報を得る姿勢を、それがたとえ大変なことであっても失いたくないものである。
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