参った参った
最近、ずっと書く気になれずブログをアップしていなかった。
一番の理由は夏のボーナスの悲惨さだ。拙者のような専門職は年俸制で業績賞与(ボーナス)は年1回なため、それは生活の上で最も楽しみにしているものであり、意味合いも大変なものがあるのだ。
それが実に悲惨な結果に終わった。まるで、災害被害者の見舞金か、新卒学生のご祝儀かというショボさ加減だった。
実は昨年、サブプライムの影響で多数の首切りを伴うリストラと大幅な賞与カットを食らっていたため、いい加減、アクヌケしただろと思っていたら、実勢に合わせて下げてきやがったというか、ほとんどなしだったと言っていい。でも、業績は黒字だったのだ。
ここ2年ほど、そういう状態がなぜか続き、下がる一方だったが、もうこれ以上下がらないというところまで来たので、さすがに下げ止まると思うが、調子こいて来年以降も横ばいにしてこないか、それがもっぱらの不安材料である。
しかし、役員とかのオヤジも痛み分けしたという話は聞いていないだけに、周囲のメンバーの反発も強く、しかも情けないことに今回下げる理由を上司に質したところをロジカルに説明し切れなかったのである。
そりゃあ、説明できないだろ。自分たちが食い散らかした残りかすを食っていろということなんだから、まずは自分が責任を取って腹を切り、その上で泣いてくれというのなら分かる。全然そんなんではないのだから。。。
当然、そんな上司たちの求心力はゼロになる。隣の部署とか見ていてもそうだが、上司に対する部下たちの視線の冷たさといったら半端ない。何を言っても、ああそうですかという感じで、言うことなんか聞かない。それで上司が悩んでしまうほどだ。
個人の業績を重視しておきながら、組織の事情を持ち出して、報いていないのだから、「今年はナンボ稼ぐんだ」などといわれても、「こんなことやらかして、そんなことよく言えるな。その前にオレたちに何か言うことがあるんじゃないのか」ということになる。成果主義なんて、ちゃんと運営出来ないんだったら、はなから共産主義の人事体制に戻せばいいのだ。
そう考えると、年功序列の人事制度に全部戻して、平和裏に会社を運営すればいいのにと最近思ってしまう。多少の悪平等はあるかもしれないが、日本にはそのほうがいいような気がした。ここまで日本の企業がダメになった理由はそんなところにあるような気がするくらいだ。
何だか愚痴になってしまったが、おかげで拙者のスーパーカーもリストラで手放そうかと思っている。とはいえ、少なくとも残債の金額以上で買い取ってもらって、価格も維持費もリーズナブルな国産の実用車に乗り換えようと思っているのだ。
ただ、今の愛車を新車購入という見返りなしで単純に手放すだけでは、いい見積りは出ない。そうなると、安価なものではあるが、一応新車への乗換えで支出を抑えつつ、ディーラーに少しでも高く買い取らせることがexit戦略として最善策と考えたのだ。
実はだいぶローンの支払いも進んでいて本音は売りたくないのだが、先々の維持費やいろいろなことを考えると、これ以上付き合うのはまずいと思ったのだ。証券マン的には”損切り”的発想なのである。変にこだわって深みにはまる前に割り切ろうというものだ。
しかも、拙者のスーパーカー、レア過ぎて、市場に出回っておらず相場が立っていないのだ。だから、中古買取価格が割り出せない。流動性がないということは、逆にこれは危ないなと思ったほどだ。だから、損しない範囲で売れるのなら今のうちに売った方がいいと思ったのだ。相場が崩れたら目も当てられないから、逃げるが勝ち(価値?)だと。そういうところ、実に証券マン的。
おかげで、この土日は車の相見積り取りや価格交渉に奔走している始末。実に情けない。
しかし、いい意味で解釈すれば、この際、金のかかる外車と決別するいいチャンスでもあり、別に車が完全になくなるわけでないのだから、贅沢と思わなくてはならない。しかも今の車になってから、あまりいいことがなかったので、言い方は変だが、厄介払いみたいなものだ。
でも、拙者は要領が悪いので、新車を買うのに今はやりの”減税対象車”なんざ、見向きもしないあたり、ロックなオレ(笑)などと、そんな自分のことをいとしく思ってしまうのである。
今の候補はスバル製を考えている。四駆で水平対向エンジンにターボというこだわりはトヨタとか日産の車では満足できない車好きの譲れないところではある。
まだ悩んでいるが、明日には結論を出そうと思っている。
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