2009年11月12日 (木)

抗議殺到は当然

前にも書いたが、こんなニュース記事を見て驚いた。

(以下引用)from産経新聞

民主党内で検討中の永住外国人への地方参政権(地方選挙権)付与法案の概要が9日、明らかになった。永住者である中国人にも参政権を与える一方、当面は国交のない北朝鮮の出身者には与えない内容となっている。

 これによると、相手国に住む日本人が地方参政権を与えられている場合に限り、日本もその国の国民で日本での永住者に地方参政権を与えるという「相互主義」については、採用を見送った。このため、たとえば民主主義国ではない中国の国民でも、日本の永住者は地方参政権を得られる。

(筆者注:それを受けて、)

民主党の山岡賢次国対委員長に10日から警護官(SP)が随行することが9日、決まった。山岡氏が永住外国人への地方参政権地方選挙権)付与法案の今国会提出に前向きな発言をした後、同氏の事務所に抗議が殺到したことを受けた措置という。

(引用終わり)

何度も言っているように、外国人に参政権?しかも中国人にもでおまけに「相互主義」なし?バカも休み休み言えっての。一体何を考えているんですかね?超ありえないんですけど。

そりゃあ、右翼じゃなくてもまともな知識人なら抗議の電話もするわな。

是非、どなたか天誅を下して欲しいものです。

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2009年10月31日 (土)

09秋 K早戦 1日目

091031_12260002 春季に続いて、秋季リーグ戦のK早戦の観戦に行ってきた。

何てったって、今回のK早戦は優勝決定戦である。いや、優勝決定戦とは言っても、早稲田が勝てば早稲田が優勝、KOが勝てば、明治が優勝という、KOからすればリーグ優勝とは全然関係ない試合であるが、合言葉は「早稲田の優勝阻止!ハンカチ王子打倒!」ということであった。

今回は、拙者たち一行は、会社のKOのOB有志での応援である。

しかし、学生の大会なので、禁酒・禁煙であるため、そういう花見のような盛り上がり方は出来ない。

11:30に神宮球場の入口に集合、内野席に向かったが、早くから席取りをサークル単位でやられているので、案外席がなかったりする。わずかな隙間を見つけて、何とか、弊社OB&現役(拙者)の席を半ば強引に確保することが出来た。

091031_12250001 考えてみると、思いっきり現役の学生が詰めているエリアに知らずに入って行ってしまったので、目の前は応援団&チアリーダー、吹奏楽部のいる最も華やかなエリアであった。

しかも、視界も良好、これ以上ない観戦場所だった。

試合開始前の恒例の応援合戦のあと、応援団旗入場(冒頭の写真は第一塾旗の入場)、両校の校歌(KOの場合、塾歌)斉唱で始まる。

早稲田の先発はやはりハンカチ王子、KOもエースで第1戦を戦う。

1回以降は、比較的KOのチャンスで試合が展開する。決して早稲田はヒットが少ないわけではないが、併殺などが多く、チャンスを生かせない。

4回にハンカチ王子から3点を奪い、ノックアウト、KO応援席は大いに盛り上がる。大騒ぎして、拙者たちオッサン連中も大喜びしているうちにいつの間にかハンカチ王子から違うピッチャーに代わっていた。

試合中は、目の前の応援指導部から応援内容に指示が出るので、やれメガホンだ、やれタオルだと応援グッズの切り替えやら応援歌を歌ったりで忙しく、正直あまり試合は観ていない。その場の雰囲気に合わせているので、観る暇がない。

091031_16140002 しかし、序盤からどういうわけか、KOのチャンスが続いたので、攻撃も長く、ずっと応援続きだった。いやはや、結構疲れる。しかし、前回とは違って、KOの応援席の応援はかなりの活気&迫力があり、さすがの早稲田の応援席がかすんで見えたほどだった。それに後押しされてか、KOの選手の勢いは止まらないし、一方の早稲田の選手は押されている感じだった。

応援団の、「塾生注目!」の呼びかけに、

拙者たち:「何だー!」

と学生と一緒にやっている拙者たちオッサン軍団。

応援団:「○×□△・・・」

拙者たち:「そうだーあ!」

何言っているのか分からないのに、メガホンを振りかざして叫ぶ我々オッサン軍団ご一行。いやはや、結構楽しかった。

合間に、弊社のOB有志の人たちに、感想を聞いたところ、

「久々にチアリーダーのお姉ちゃんの乱舞を見れてサイコー!」

「学生の多いエリアに紛れ込んだおかげで、若いお姉ちゃんがいっぱいいて、マンネリな普段にはない刺激で、来て本当によかった!」

「隣の現役の学生のお姉ちゃんと肩組んで「若き血」歌えてよかった、しかも11回も!」

というわけで、若いお姉ちゃんを見れたということに満足したという、単なる変態オヤジのリアクションではあるが、皆が来てよかった、という感想を持っているようで、主催者としては喜んでもらえてよかった(笑)。

拙者の隣は、帰国生なのか留学生なのか、見た目は日本人っぽかったが、日本語よりも英語ばかりで話しているので、こういうコテコテの日本的文化が分かってもらえるのか不安で、「若き血」のときに肩組もうとするとセクハラで訴えられやしないかつい遠慮してしまった。だって、オッサンが肩組みましょうなんて、自分からはいえないよ。こういうのは、試合が盛り上がってくる中で、アイコンタクトで何となくそういう感じになるというのが普通のようだ。

それはさておき、長い攻撃と、応援続きで疲れた、疲れた。

終わってみると、11-2でKOの圧勝だった。

091031_16220001 K早戦に勝った時にしか歌わないという、「丘の上」という歌を歌って、K早戦を終えた。

左の写真はその模様である。

まさに、K早戦は学生スポーツイベントの最高峰の一つだろう。この雰囲気を味わせてやりたいということで、卒業生は子弟を自分の学校に入れたがるのだろう。すごく分かる気がする。

それにしても、天気もよかった上、予想に反して(失礼)、KOが勝ち、滅多にないいいものを見せてもらったという感じだった。次回の来年の春季リーグ戦もまた来てしまいそうな感じだ。

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2009年10月26日 (月)

09北海道撮影ツアー 番外編

091025_11340001 さて、今回の北海道ツアーの総括を兼ねた番外編を書いて見たいと思う。

今回、まず取り上げたいのはお土産だ。

左の写真は、まりもっこりのパワードリンク、「もっこりパワー」である。以前、北海道土産でまりもっこりは紹介したが、このような企画商品もいつの間にか生まれていたのには驚いた。ネームもさることながら、絵を見る限り、実に効きそうである。是非、元気のない北海道経済活性のためにもまずは道民自ら率先して飲んで欲しいものである。

次に取り上げたいのは、「じゃがポックル」である。

これまでは、流通量が極めて限定されており、手に入れることが非常に難しかったが、最近ではあっけなく手に入れることが出来るようになった。しかも、最近では若干定価より高いがネット通販で手に入れられるので、北海道に行かずに買うことまで出来るようになった。これではもはやお土産ではない。

091025_15370001 以前は、空港などではまずは着いたら、売っていないかチェックするということが拙者などは半ば恒例イベントと化していたが、今回はその必要がないほど、この写真の通り、旭川空港でも平積み状態である。

買ったことがない人で、このお菓子の噂だけを聞いていた人たちが、得意げに奪うように買っていたが、「もう珍しくないんだけど・・・。」という感じで拙者などは見ていた。

拙者などは、きっと空港では手に入れられまいと、秘密の入手場所(?)であらかじめ手に入れておいたが、空港でこの有様で非常にしらけるとともに、がっくりきた。

以前は生産が手が込んでいるだか、ジャガイモの品種が違うとかで、生産量が少ないといったことからか、とにかく出回っていなかった。だからこそ、手に入れたときは自慢できたのだが、もうそういうものでもない。

しかし、食べてみると、やっぱりうまいんだな、これが。市販されているじゃがビーというのと非常に似ているのだが、旨味が違うので、やっぱり買ってしまう。

さて、今回のツアーの総括だが、何度も書いているように、今回は当たり年だった。

やっぱりまた来たいという思いを新たにした。

次回考えているのは、別に富良野・美瑛に限った話ではないが、フェリーで自家用車を持込で旅行するというアイデアである。船旅というのは、ちょっと趣向を変えた感じでいいし、若干長めの滞在なら、レンタカー代の節約にもなるので、いいかなと思ったのだ。

富良野・美瑛については、自分で実際に撮影ポイントを求めて走りこんだので、格段にその点についてはノウハウや土地勘が養われた。これは大きな成果だった。

あと、前回やった鉄道と風景をセットしたテーマで北海道には訪れて見たいと思っている。しかし、撮影ポイントやノウハウが十分でないので、単独で撮影するにはもう少し経験値が必要だろう。

とまあ、こんな具合に次々に課題や新たなテーマが出てくるので、しばらくは飽きずに済みそうだ。

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2009年10月25日 (日)

09北海道撮影ツアー その3

この日は朝5時に起き、また朝の撮影に出かけた。

今回の目的の一つでもあった、朝霧の中に白い塔のある美馬牛小学校の風景を収めようと、その撮影ポイントを特定することだった。

美瑛には風景写真家の故・前田真三氏写真館「拓真館」があるが、前田氏が撮ったその風景の写真が記憶に残っており、そういうのが撮れないものかと思っていたのである。

仮に今回条件が揃わなくても、次回以降の参考にと思っていたこともあり、どうしてもそのポイントの特定は今回の旅の目的の一つであったのだ。

まずは美馬牛小学校にカーナビをセットし、ひた走りに目的地を目指す。昨日ほどの霧はなく、そもそもの撮影意図という意味では前日に行っておくべきだったかなとも思った。

今回は安いパックツアーを使って来ていたので、泊まるところが旭川駅周辺になってしまったが、さすがにこの撮影ポイントへの移動を考えると、美瑛なり、富良野、白金温泉あたりに泊まっていた方が本当はよかったなあと思った。それだけ、片道40kmほどの移動というのはもったいない気がした。

かれこれ走って美馬牛小学校の近くまで来た。かつて20年近く前に拓真館に行ってみた写真も、記憶が定かではないのだが、少し丘のようなところからこの小学校の塔を下に見る構図だったような気がしていて、この小学校を望む高台を必死になって探した。

しかし、多少丘でアップダウンがあるにせよ、さほど高いところがなく、ましてやこの小学校を塔を望める場所というのはそう多くはない。

結局、自分のイメージにあった場所は見つけることが出来ないまま、朝日が昇りつつあり、もう時間もなかったので、別のポイントで撮影を行なった。

うろうろしていたら、四季彩の丘に着いたので、車を止め、とりあえず三脚を立てた。ここは観光花畑であるが、この時期には花は全くなく、少し寂しい風景である。朝日に対して逆光であるため、撮影しにくいことこの上なかったが、わずかに残った朝霧と刻々と変わる光線状態の作り出す風景はそれなりのものがあったので、短時間ではあるが撮影をした。

その後、新栄の丘展望台近くを走っていたら、昨日来た緑肥用のひまわりの咲き乱れる畑にまた遭遇した。朝日を受けて素晴らしい風景で、当然ここは時間をかけて撮影をした。光の状態によって、周辺の林の木立の陰になって黒っぽい影のあるところと鮮やかな黄色の日のあたる場所とのコントラストがなかなか絵心をそそり、それを意識して撮影をした。

とりあえず朝の撮影はこれでよしということで、一旦はホテルに戻って朝食をとった。

チェックアウト後は、主に富良野市内を撮影し、日の出公園などに行った。ここはラベンダーで有名なところだが、この時期は当然何もない。しかし、この公園の丘の上に登ると、富良野の景色や、十勝岳連峰の素晴らしい山並みが一望できる。

特にこの時期は紅葉が素晴らしく、またその公園の紅葉の向こうにその十勝岳連峰が見える風景は、本当に美しい景色だった。それだけで今日の撮影は良かったと思えるほどだった。

かくして、2泊3日の撮影を終え、帰途に着いたのである。

今回は、とにかく天候、紅葉などの環境など、ほぼ完璧の状況だった。これだけ恵まれた撮影旅行はこれまででも記憶がないほど。

いろいろなところを撮り歩いたが、何度来ても感動があるのはやはり北海道の風景だ。日常とは違った”場”を体験できるだけでなく、何気ない風景も絵になるそんなところはそうないと思う。

去年は、鉄道と風景というテーマでも北海道を訪れたが、次回はこっちでもまたやって見たいと思っている。まだまだ、こちらの方はノウハウの習得に努めなければならないが。。。

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2009年10月24日 (土)

09北海道撮影ツアー その2

091025_07080001 拙者の撮影ツアーは体育会系である。

当然、朝は4時起き。既に北海道の朝の冷え込みは結構きている。真っ暗なうちから、朝日や朝霧を撮ろうと旭川の駅前から美瑛や富良野まで片道40kmを車を走らせ、朝飯前までにまずは1ラウンドをこなす。

この日の朝は結構霧が濃かった。国道も結構視界が悪い。そんな中をひた走りに撮影ポイントへと向かう。

これまでの過去の撮影ツアーで行ったであろう場所や、いろいろと調べた結果、ここに行ってみようという場所を調べた上で、とりあえず自分でハンドルを握り、行くのは初めてのことなので、全くの手探りで、手がかりがあるわけでもない。

しかし、大外しはなかった。

初日は、深山(みやま)峠と千望峠というポイントに行った。

最初に国道沿いの深山峠に行ったが、霧が濃くて何も見えやしなかった。しかし、三脚を立て、しばらく待っていると、少しずつ空が明るくなってきた。

徐々に霧が晴れ、それでも遠くの丘にうっすらと霧がかかり、地面は霜でこれまたうっすらと白くなっていて、それなりの景色である。

まだ暗かったが、風景写真というのは太陽や雲、明るさ、光線状態など様々なファクターが刻々と変わっていくので、寒い中じっと我慢しながら、チャンスをうかがうこととなる。

特に朝日が昇るのはあっという間だ。その間に首尾よく撮影をしなくてはならない。太陽と風景の明暗のギャップが大きすぎるので、結構露出合わせは難しい。

そうして、何枚か撮影を済ませると、次の目的地へ移動をすることとなる。今回は千望峠に向かった。途中、気になる景色や思いがけずいい風景に出会ったら車を止め、すばやく三脚を立て、さっと撮影し、次の場所へと向かう。

そうして出会った場所は、地元でもない人間にはどこがどこだか全く分からず、二度とその場所が再現不能になってしまうので、新兵器のGPS機器で記録した拙者が走破した航跡とデジタルカメラの撮影時刻をマッチングさせることで、どの場所で撮影したのかを地図上にプロットする仕組みを導入している。

これにより、撮影ポイントのノウハウが蓄積できるというわけだ。全く、写真に対する情熱とこだわりは自分でも尋常でないと思う。

実際に自分で車で走って探し回ると、地理感覚やポイントが段々分かってくる。何だかんだ、このエリアも広いが、道がたくさんあるわけではないので、何日も滞在して走り回っていると、何度も同じ場所を走っているということもしばしばである。そうやってしつこくやっているうちに、この場所にはこんな風景があるというのがアタマにもインプットされてくるのだ。

ところで、千望峠である。

着いたときには、霧で全く見えなかった。雄大な風景だとその筋の資料には書いてあったが、結局撮影せず、一旦ホテルに戻った。

ちなみに、改めて昼間に行ってみたが、市街地も結構写ってしまい、何となく中途半端で拙者の狙っているようなイメージの場所でないことが分かった。

昼間は美瑛川、十勝岳温泉方面に向かった。最初の目的地は白金模範牧場付近である。ここはヨーロッパのアルプスを彷彿とさせる景色が見られると聞いていたが、本当にそうだった。

そこから望岳台へと向かったが、ちょうど拙者が着いたとき、雲が晴れて素晴らしい雪山の風景が出現した。今回メインで使用した新しい70-300mmの高性能ズームレンズの300mm側を使い、ガンガン撮りまくった。

そうしたら、道路を管理するおじさんがやってきて、「ちょうど今、日も出ていい状態になったところだったよ。よかったねえ。」と声をかけられた。

そのあと、白樺街道と呼ばれる白樺の並木が続く白金温泉へと通じる道を通り、白金インフォメーションセンターというところに行った。

ここはゴルフ場などが併設されたところで、とにかく景色がきれいなところだった。特に手入れの行き届いた庭のような広い原っぱの紅葉が素晴らしく、ここでも何枚かの傑作が撮影できた。

その後は富良野方面に戻り、道すがら適当に撮りながら旭川へと戻ったのだった。

ところで、上の写真はこの時期に思いがけず出会ったひまわりが一面に咲く畑の風景である。ケータイの写真では分からないが、実に素晴らしい風景で、ここも随分と撮影した。これは美瑛あたりだったと思う。

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2009年10月23日 (金)

09北海道撮影ツアー その1

ついに、今年の紅葉撮影の本命、北海道は富良野・美瑛にやってきた。

これで、この地域への本格的な紅葉撮影は3度目である。

しかし、これまでは天候に恵まれなかったり、紅葉そのものがいまいちだったりして、前回リベンジを狙ったものの返り討ちに遭い、スカを2度も掴まされてきた。

まさに3度目の正直、そしていいことなかった今年の最大の旅行イベントなのである。

今回は、拙者の最強愛機、ソニーα900の本格的な実戦投入でもあった。35mmフルサイズのデジカメでは世界最高の2460万画素という超絶画質を引っさげて、北海道の雄大な風景写真を撮ろうというものだ。

結論から言うと、今回の撮影は大成功であった。天候にも恵まれ、これまで見たことのない素晴らしい紅葉に出会えたばかりか、GPS記録機器を使った移動航跡のトレースと撮影場所の特定、撮影ポイントのデータの収集など、とにかく満足のいく内容になった。

なにしろ、過去2度の撮影ツアーで撮影技術そのもののノウハウの蓄積があったうえ、それに基づいた機材といった装備の充実が実を結んだ格好だった。

自分で言うのもなんだが、自称”プロ”にふさわしく、相当腕を上げたと思う。

撮影枚数は2日半の撮影で実に500枚を超え、持っていた合計24GBのメモリもほぼ使い切るほどで、大容量の高画質データであったこともあり、あとで撮影データの現像作業が大変だった。

一部の親しい皆様には、フォトブログの準備が出来たら、案内するつもりである。

以下、初日の行動を少し振り返ってみたい。

この日は、くもりで天気はいいとはいえなかった。したがって、曇った空を極力入れないようにし、ポイントとなる被写体に絞って撮影した。

最初に訪れたのは、美瑛の丘である。旭川空港からも近く、アクセスがいいからだ。

しかし、一般の観光客が行く、なんちゃらの木とか、そういう分かりやすい観光スポットには行かない。そういうのは、20年前の学生時代の旅行研究会での旅行で卒業している。

前回の撮影で行ったような、人知れず存在する美しい農地の風景を求めて移動を続けた。

最初に行ったのは、ルベシベと呼ばれる地区である。何の変哲もない農地が広がるエリアなのだが、富良野・美瑛のこの時期の農地は、収穫などの刈り取りや冬場の牛の餌となる牧草の刈り取りなど、同じ場所でも日々刻々風景が変化する季節である。

実りの風景に満たされていた昨日と同じ場所が、次の日はトラクターが入って土のむき出しの荒涼とした風景に変わっていたり、本当に変化に富んでいる。それがまた、一期一会の風景を生み出しており、この地域を撮影する者にとっての醍醐味の一つであるのである。

また、何気ない農地の中に佇む一本の木や小さな並木など、風情のある風景に出会うことが出来る。そういったものを見つけると、非常にいい気分である。

ひたすらレンタカーで走り回り、どんな風景があるかを移動しながらチェックし、初日の撮影を終えた。

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2009年10月22日 (木)

下手くそなマッサージ師のようなもの

職場で大きな仕事を取ろうとしていた同僚が、努力むなしく他社にかっさらわれた。

いや、別に拙者はかわいそうと思っていない。それは申し訳ないが、担当者も上司もそうだが、この業界の戦のやり方というものを分かっていない。だから、勝てないのだ。

我々の仕事は、顧客であるその会社の長い歴史の中でもそう滅多にないことをやってもらうことにその本質がある。

お客さんは命がけなのだ。それをサポートするにはどうするか、どうやったら安心してもらえるか、またその決断を下すのは誰なのか(社長であることが多いが、それに準ずる立場の人を押さえる。)、まずはそういう視点からスタートしなくてはならない。他にも様々な要素があるが、特に重要なのは上記の点を全体を常に考えながら、いかにコーディネートしていくかにある。

言ってみれば、そういう動き方が全く出来ていないからその同僚や上司は勝てないのだ。

それと、顧客の態様やキャラによっても打ち手は異なる。そういうのに機動的な判断や機転がきかないのも問題だ。そこまで言ってしまうと、もはや才覚の領域かもしれない。

しかし、上司も上司だ。拙者のようなベテランがいるにもかかわらず、そういったものに拙者を起用しようとしない(笑)。うちのフロアでは実績では右に出るものはいないと自負している。奢りでもなんでもなく、本気でそう思っている。

まあ、拙者は学業もあるから、仕事はそこそこであったほうが都合がいいので、間違っても「やらせてください。」などとは口が裂けても言わない。ひたすら適当に泳いでいるサボリーマンである。そもそも、縄張りが決まっているから、「オレだったらこうするのに」と思っても担当者以外は関与が出来ないし、インサイダー情報やらの規制もあるから、助太刀も出来ないのである。

確かにその同僚は、遅くまで何やらやっているし、クソがつくほど真面目な性格だから、がんばっているというのは確かである。

それにひきかえ、拙者などはfast in fast outとかほざいて、誰よりも朝早く出社するが、とっとと帰ってしまう。残念なことに朝が早いというのをみんなが見ていないので、ややもすると早く帰っていることだけが目に付いて、楽して泳いでいるテキトーなヤツといった見られ方や批判を受けるが、真相は決してそうではない。そもそも、やることないのに残っている方がナンセンスというものだ。

ただ、遅くまで残っている人を見ていても、連日遅くまでやっているから疲れていて、動きが緩慢で頭も働いていないのが明らかだ。よく見ると、拙者に言わせるといかにも無意味そうなことを単にダラダラやっているだけ。余程家に帰りたくない事情でもあるのだろうか?

それに、そんな夜型なので、朝も定時に出社することは稀で、平気で遅れてきたりする。そういうやつに限って、「おはようございます。」の挨拶もない。愛想もないという感じだ。

拙者が上司だったら、「おめえ、いま何時だと思ってんだよ。」と、まずハッ倒しているだろう。

まあテクニカルなことを話すと企業秘密に触れることになるので書かないが、顧客への提案が刺さらないのは、大きな理由がある。

まずは決定権のある人とコンタクトをしていないことだ。人というのは、近寄りがたかったり、つい苦手な人を避けるものである。虎穴に入らずんばの言葉どおり、リスクを取ってそれをやるから果実もあるのである。

ダメな人というのは、マッサージに例えれば、される側にとっては気持ちよくないところを、「どうだ、気持ちいいだろ!」と勘違いに気づかず一生懸命突いている感じ。これは単なる独りよがりである。まるで、下手くそなマッサージ師のようなものである。

一生懸命突いているのに、客の反応は芳しくなく、報われないと愚痴っている。

それと、負のスパイラルなのかもしれないが、愛想が悪く”シケた顔”しているヤツは絶対に成功しない。これは断言できる。

そういう人には、そういう運気しか来ないものである。

ですから、多少仕事のセンスがなくて、”マッサージが下手くそ”でも、せめて明るく愛想ぐらいは良くして欲しいものである。

皆さんも是非心掛けてみてください。それだけで、随分違うものですよ。

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2009年10月18日 (日)

学業は今のところ順調

半期で終わる課目の結果が既に出揃ったが、思ったより順調に単位取得が進んだ。

目標は今年度で、残りの卒業に必要な単位の半分以上の単位取得という、ほとんど無謀に近い野心的な目標を立てているが、そのぐらいの気でないと、結局本気でやらなくなってしまうものである。

でも、まんざら悪くない進捗だ。我ながら自分でもよくやったと思う。後半の通年の課目の追い込み次第では、それに近い結果が出せないこともない。そりゃあ、ハードな学習が求められるが。。。

しかし、今までのようにジャブでノックアウトできるほど楽な課目は少ない。

後半戦、ふんどし締めてしっかりやりたいと思っている。

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2009年10月14日 (水)

コートを買いに行ったが・・・

今年の冬用のコートを買おうと、新宿はIsetanへと向かった。

この不景気のご時世、贅沢は敵だというわけで、お目当ては、1万円のコートである。

早速、物色していると、リーズナブルだが、デザインも悪くないコートがあるではないか、さすがIsetan。

で、試着するとLサイズは厳しいのでLLサイズに。

が、LLにしたにもかかわらず、前のボタンが留められない。これではマント状態だ。

拙者:「前がしめられないよ」

店員:「これでもLLなんですけどね」

この一言は、結構グサっときた。

腰の部分が、絞ったデザインで、かっこよく見えるはずだったのだが、忘れていたのは拙者はメタボだったということだ。

メタボオヤジの着る物の腰を絞って、どないすんねん。

店の人に、

「メタボオヤジは、ここ絞られるときついっすね。メタボオヤジはファッションのIsetanでなく、同じグループのM越行ったほうがいいかね?」

と言ったところ、笑わせないでくださいよと店員はマジで大ウケしていた。

別の商品で値段を3倍程度に吊り上げたところ、実にいいコートがあるのだが、完全に予算オーバーである。前だったら間違いなく買っていたが、さすがの拙者の財布の紐も今回ばかりは固く、

「いいのは分かるけど、ちょっと考えますわ」

と、前ボタンがしまらなかったことも相まって、「もういいや」って気分になり一気に戦意喪失。店を後にした。

それにしても、拙者もかつて若い頃は高いコート、スーツ、あつらえのYシャツに高い高級ブランドのネクタイと贅沢三昧だった。

そういう栄光の時代を知っているだけに、実に落ちぶれた身にはこたえるのう、という感じだった。すっかり、シャビーなオヤジになってしまって・・・(悲)。

仕方がないので、優先順位を変えて、先日1足、靴の底が破れたので、靴を買うことにした。

最近は皮の紳士靴ではなく、黒いゴアテックス製などのウォーキングシューズを会社用にしている。腰や足の負担が少なく、雨などにも強く、合理的だからだ。

とまあ、実用本位の合理的な買い物しかしなくなったものである。特に、ビジネス用は・・・。

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2009年10月10日 (土)

今の愛車に思う

今の愛車、買ってから3ヶ月ほどが過ぎた。

同じクラスの車でいくつか他社のものと比較したが、エコ減税対象車でもないのに敢えてスバルを買ったのは、かつてのレガシィの残像が残っていたからだ。

具体的には、国産車とは思えない高いボディ剛性、特徴的なメカニズムで国産車には珍しく低回転からトルクがあり、且つターボをうまく使ったパワフルなエンジンと4WDシステム、それらが相乗的に織り成す乗ったときのフィーリングなどの個性などがそれだ。特に、水平対向エンジンのアクセルを踏み込んだときのドドドドというエンジン音(厳密には排気音)と加速、これがたまらなかったのである。運転していて、思わずニヤりとするようなことがしばしばだった。

しかし、これは残像であって、今はどうも違うようだ。

乗っていて感じるのは、結構快適で室内は非常に静か、最大7人乗りなので車内も広く、実用性も全く文句ないし、全体的にそっけないが質実剛健という言葉が非常に当てはまる。本当に生真面目に作られた実用本位の車である。

前乗っていたアウディのハイエンドクラスのスポーツセダンと比較するのは問題だが、それを差し引いても実用レベルでは十分すぎるパワーがあるし、高速乗ってもストレスがないほど良くは出来ている。しかし、車としての味というか、個性はあまりないのが残念である。

「なんで、ボクサーエンジンのサウンドがうすまったのか?というか、全然しないけど。」とディーラーの人に聞いたら、多人数乗りなので、他に乗っているご家族が不快にならないように振動も含めて抑えた、とのこと。運転しているテメエだけ気持ちよくてもしょうがないだろということなのだろう。まあ、しょうがないか。

でも、普通の人なら静かで快適な車でいいのだが、一方でこのメーカーの存在意義を全く違うところに求める人が多いのである(あまりにニッチなマーケットだが)。

一番気に入らないのは、柔らかすぎるサスペンション。多人数乗りゆえに、乗り心地を優先したのだろう。ただ、サスを交換すれば解決するとも思っていないので、このままいくが。。。

普段はファミリーカーであっても、やるときはやるという元走り屋のお父さんの満足も満たせる、そんな期待を背負っていたのがスバル車ではなかったのか?

しかし、かつてのスバル車の個性、魅力は相当薄れてしまったようだ。

拙者が納車を受けたとき、隣に並んで停まっていたのが新型レガシィだった。何と拙者が買ったミニバンと全長がほとんど一緒だったのだ。とにかくデカい。何なんだ、このデカさは!と思ったものだ。(と同時に、似たような車で値段は拙者の買った方がかなり安いから、自分が買ったのは相当お買い得車かなとは思った。)

レガシィもそうだが、割と国内仕様で小ぶりではあるが濃い味付けというのがスバルの特徴であったのだが、新しいモデルは売れ筋の米国での販売を意識したのか、車体は大型化し、味付けも大味になった気がする。これは非常に不満なことだ。トヨタとの提携もそれに作用しているかもしれない。新しいレガシィなど、何かに似ているなと思ったら、トヨタのカムリだ。図体はでかくて、確かに実用的だが、色気なし。あれはいかんね。

拙者にとっては、これまではどちらかというと味わいが欧州車に近い感じで、国産車にはない味付けという意味で評価していたのだが、今回は大いに失望させられた。多分、次回以降は買わないだろう。スバル車の愛好家は、トヨタ車とは対極のものを求める人がほとんどだし、ましてやアメ車を意識されてはたまったものではない。

多少プレーがガサツでもダイナミックさを売りにアメリカへ渡って、メジャーリーグではそこそこ活躍しそうだが、精緻なプレーが身上の日本のプロ野球にはもう帰ってこれない選手、例えて言うとそんな車だろう。

こういっちゃ失礼だが、ガサツなアメリカ人の感覚に合わせるのでなく、ドイツ的な精緻な車作りをして欲しかった。欧州車の方がモノとしての完成度ははるかに高いからだ。

それに、北米マーケットよりも中国マーケット狙った方がいいのでは?ガサツなアメリカ人の感覚で車を作ると、ビッグ3の末路を見ればわかるように、どうなるか分かるというものだ。だいたい、アメリカ人も昔のように大量消費はしてくれないだろうし。。。

ちょうど日経ビジネスの今週号にもスバルのことが出ていたが、トヨタとの提携関係、北米重視の戦略から拙者が思わず連想したのが、かつてのソニーとアイワのような関係である。

トヨタの傘の下で、高級ブランド=トヨタ(レクサス)、実用本位で良質だが安価でお買い得なブランド=スバルみたいになりやしないか?そのうち、経営大学院の授業で使う「ブランドの棲み分け」に関するケーススタディの格好のネタにでもされそうである。だとすると、スバルファンにはそれはあまりにも悲しすぎる。

車はたぶんに嗜好品だから、車好きにとっては個性や色気というのは非常に重要であると思う。

まあ、買った以上実用車として使い倒していくことになるだろうが、やはり次は中古にしてでもドイツ車に回帰したいと思っている。さもなくば、そもそも車を持たないという選択だろう。

改めて、車には単なる実用だけでない、嗜好品としての何かを求める気持ちが少なくとも拙者にはあるということに気づいたのだ。まあ、こういう人は最近少なくなっているのだろうが。。。

(ここまで書くと、ほとんど酷評だが、一応スバルの名誉のために言っておくと、国産車の平均レベルからすれば、かなり優秀な車ではある。しかし、一度でも欧州車(特にドイツ車)のハイエンドクラスを知ってしまうと、簡単には満足しなくなる。値段の差だけのことは間違いなくある。)

環境技術を除けば、ごく一部の国産車を除いて、拙者的にははっきり言って車の個性という点で見るべきものはないし、あれでは所有したいとも思わない。わざわざ大枚はたいて買うんだから、フツーのものだったら、別にいらないのである。散財する価値もない。

それほどまでに、最近の国産車にはがっかりしているところである。

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2009年10月 9日 (金)

野球観戦

春のK早戦(いわゆる早K戦)に行って、その魅力にはまって以来、秋季リーグ戦も観戦に行くことにした。内野席のチケットをゲット済みである。

今回は職場のKOのOB有志を誘い、中には数十年ぶりで観戦という人もいて、密かに盛り上がっている(職場は東大卒が多いが、私立ではKOのOBが群を抜いて多い)。

拙者の親友の某M大の元応援団副団長によれば、

「優勝決定戦でもないくせに、いつも盛り上がっているのが気に入らない(怒)」

らしいが、しょうがねえだろ六大学野球の最終戦はK早戦と決まっているんだから。

今回は今のところ負けなしの1位早稲田、2敗で2位KOが追う展開なので結構盛り上がるかもしれないと期待している。

http://www.big6.gr.jp/

10月31日の初戦に行くつもりであるので、早稲田はハンカチ王子先発だろう。負けちゃう可能性が高いが、そんなのカンケーねえ!風物詩ですから。

あの独特の雰囲気というか、さわやかさをまた味わうのを今から楽しみにしている。

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2009年10月 5日 (月)

のけぞる昼メシ

最近、某役所で昼メシを食うことが多いことは既に書いた。

その役所メシで気になるメニューがある。それは「国会丼」だ。

これは元々は国会図書館の食堂メニューで、どういうわけか行きつけの役所でもこのメニューを出している。

「限定10食!」の文字に、いつも気になっていたのだが、先日ついにこれを食べてみた。

今度写真を掲載するが、要するに出てきたものは、どんぶりご飯がカレーと牛丼の半々になっているメニューである。

「なんだこりゃ、何でこれが国会丼なんだ?」

と思い、食堂の人に聞いたら、普通は(国会図書館の名物メニューは)カレーらしいのだが、ちょっと前までの「ねじれ国会」をどんぶりで表現したものだと聞いて、思わずのけぞってしまった。

政権交代してねじれも多少は緩和されたので、今度は「新・国会丼」が出るらしい。

なんでも、親子丼にトンカツがのっているらしい。

その心は、選挙に勝った(カツ)「世襲議員」(親子丼)を表現しているとか。。。

この手の安い定食でこんなに練られたメニューを拙者は見たことがない。参りました。

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2009年10月 3日 (土)

散財は拙者の人生そのものです

最近でこそだいぶやらなくなったが、拙者は結構衝動買い、散財が得意?である。

この姉妹ブログにカメラのことを書いているものをやっているのだが、それなんかはほとんどが衝動買いの産物である。

最初は買ってから書くことがほとんどだったが、エスカレートしてくると書くために買うというのに変わった(笑)。いや、マインド的にはそういうものだ。別に読んでいる人は少ないのに。。。

とにかく、(自腹で)実際に買ってみなくちゃ、モノは理解できない、ということは真理である。そうして初めて分かることはたくさんある。

散財ですごいのはもちろん、今の自宅、輸入車が筆頭だが、品数ではカメラだろう。

先日もこんなことがあった。もうカメラはほぼデジタルに置き換えだ、とうそぶき、家にあった金目のフィルムカメラのほとんどを売り払った。

中には子ども時代には、クルマで例えればメルセデス・ベンツのような存在だったニコンの高級カメラも含まれていた。社会人になってから大人買いしたあと、ほとんど新品同様に状態で大切に保管してきたものだ。せっかく買ってもそんな状態だから、これは立派な散財だろう。

売った金で、性懲りもなく最新のデジタルカメラ用のレンズを買ったりしたのだが、たまたま店をうろうろしていたらキヤノンのかつてのフィルムカメラのフラッグシップのNew F-1という機種の状態のいいものが激安販売されていた。

実はこのカメラ、当然の如く既に持っているのだが、ボロボロでまともに動作しなくなっていたのだ。

つい手に取ってみると、改めて重量感ある冷たい金属ボディ、重厚な操作感、メカを感じる歯車のかみ合い具合、デジタル表示が一切なしの針のアナログメーター、もうしびれたのはいうまでもない。

そうしたら、欲しくなって、結局買ってしまった。もうフィルムカメラはやらないとかいって店に売りに来たのに、結局ニコンがキヤノンになっただけだった。

このカメラは、拙者が売ったニコンのように、オーナーが後生大事にとっておいたものだというのはすぐに分かった。使用感がほとんどなかったからである。

使わずにコレクションのように大切にしまっておいたら、時代は流れ、レンズもAF化され、専用のマニュアルフォーカスのレンズも廃盤になり、いつの間にか時代はデジタルカメラになってしまい、今さら持っていてもしょうがないということになって捨て値で売却、まさに目に浮かぶ光景である。

かくして、家にそのNew F-1はやってきたのだが、だからといって決して出番が多いわけではない。それまでニコンを格納していた防湿庫に収まっているだけである。

しかし、カメラ好きとして、たまにはデジタルカメラにはないメカ風情を味わいたくなるときが稀にあり、そんなときのとっておきの”おもちゃ”なのである。

また、まだ中学生とか、そういった頃にヨドバシカメラの店頭とかでガラスケースの中のカメラを羨望のまなざしで見ていたものを今手にとってみると、その頃のことやそういう記憶が甦ってきたりする。

散財にかけては、著書がある松任谷正隆氏がこんなことを言っている。

「買うもの買うものがそうやって何らかの心に刻み込めるようなものになるといいなあ、と思う。思い出に囲まれながら暮らしてみたい。」

富豪の松任谷氏には遠く及ばないが、散財は心の余裕のバロメーター。拙者程度の散財も出来なくなりつつある今に、個人的にはちょっと寂しい気分を抱きつつも、またいつか拙者的に景気も上向かせて、自分なりの散財をやってみたいと思う今日この頃である。

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2009年10月 1日 (木)

モラトリアム その2

あ、元本のみ猶予なら、そんなのいりません。

金利払って元本減らさないバカが、どこにいますか。

しかし、この政権、極右に極左と気違い大臣ばかり。何とかしてくれ。

ここまで非常識で、日本の規範というか常識を破壊するのは全くとんでもない話で、そこまでやってくれとは頼んでいません。

まさに、「未知との遭遇」。でも、笑い事では済まされません。

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2009年9月29日 (火)

モラトリアム

壊れた金融担当大臣の発言にはびっくり。

現代の徳政令、本当に個人の住宅ローンにも適用されるのか?

金融機関に勤務する人間として、いくらなんでもそれはありえないだろ、とは思うのだが、Super Debterと言われる拙者のような借金だらけの一個人としては、マジでそうなったら、超うれしかったりする。やれるもんなら、やってくれ。どうなっても知らんが。

外国人参政権に夫婦別姓、ダム建設見直しにそしてモラトリアムと、この政権はタブーに挑戦するのが好きなようだが、見ていてかえって不安になってきた。

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2009年9月26日 (土)

車中泊構想

この秋、いくつかやってみようと思うことがある。車中泊による撮影旅行だ。今のところ、秋に長野方面等へ出かけることを想定している。

せっかく、比較的大容量のミニバンに車を買い換えたこともあり、車中泊も自分一人ぐらいだったら、全然問題ないからだ。

風景の撮影はやはり、夜明けなどの朝の撮影は非常に重要である。その時間に間に合わせるためには、前泊するか、夜行で出かけて、明け方仮眠を取るしかない。最近は、渋滞も激しくなっているから、例えば金曜の夜出発し、深夜現地に到着、現地で夜を明かし、撮影を終えたら、渋滞が激しくなる前に撤収するというものだ。温泉に入りたければ、立ち寄り湯だってある。土曜中心で行動し、日曜日を残しておけば、サラリーマンの拙者も疲労回復できる。

本当は前泊したいのだが、最近は予算もないので、現在の愛車を有効活用しようと思ったのだ。スバルの四駆車でロードクリアランスも高めなので、多少の悪路も行けるし、コンセントがあったり、アウトドアで使いやすい様々な工夫が車にもあるので、走るベースキャンプにしようというものである。

なにしろ、車にはカーナビとか、フルセグのTV、iPodもつなげるオーディオがあり、走るリビングルームである。最近ではカーナビとネットの親和性も高く、カーナビメーカーのホームページから様々な情報をダウンロードしたり、PCで入力した経路などの行程をカーナビに反映させることも出来る超ハイテクの時代である。

最近は、書店でも旅行ガイドのコーナーとかで車中泊のノウハウ本を見るようになり、人のこと言えないが、景気が悪い中でそんなことをしようという人がいるのだなと、呆れた次第である。

で、それを想定したアウトドアグッズを買いこんでいる。

まずは寝袋だ。こんなものは持っていなかったが、ほとんどフラットに出来る車のシートと併用することで、しっかり仮眠を取ることが出来る。もちろん、行くエリアの最低気温も想定し、それに耐えられる性能のものを選んだ。

あとは防災用も兼ねて持っているヤカンや鍋、バーナーも車に積み込んである。暖を取りながら野外で食べるカップラーメンや入れたてのコーヒーは最高である。最近はチャイにもはまっているので、こういうものも用意してある。

ウェアもアウトドア用品メーカーのものを中心に、小物も含めてだいぶ揃った。ここ数年で何回か厳冬期の北海道へ撮影にも行ったこともあり、徐々に装備も充実してきた。

いずれは装備も整えて山歩きとかもして見たいと思っているのだが、今は他にもやることがあるし、グッズもいろいろ揃えると高いので、徐々にではあるが、気長に揃えたいと思っている。

最近は、そういう無茶な遊びをしなくなったものだが、無謀好き?の拙者としては、ちょっとそういうこともしてみたい気分なのである。

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2009年9月20日 (日)

ありえない外国人参政権

外国人の地方参政権にかかる法案提出を検討しているというニュースを見た。一体、民主党(というより小沢幹事長)は何を考えているのかという感じだ。完全なる憲法違反である。

おそらく在日韓国人などを対象にしているのだろうが、そうなると韓国でも相互主義でそういう参政権が認められるということなのだろうが、韓国で永住権を持っている日本人など高が知れており、仮に韓国で外国人への参政権が認められても在住日本人の選挙権行使による韓国内への政治への影響はほとんどないといっていい。

逆に日本にいる在日韓国・朝鮮人の数は相当な数(約43万人?)に上る。彼らが集中的に住んでいるエリアもあり、そういった地域では少なからず影響があるといっていい。

それって、不平等じゃないかということ。どのぐらい不平等かって、100円やるから100万円よこせというぐらいの話だ(笑)※byコバ●ツ。

断っておくが、拙者は別にそういう外国人の人を差別しているのではない。

もし、彼らが参政権が欲しいというのなら、なぜ日本国籍をとらないのかということだ。日本の内政に関与したければ、日本国に対するコミットメントを明確な形で示して欲しいだけである。

いうまでもないが、在日という立ち位置が(商売上など)メリットが大きいからである。

そもそもこの手の権利の話は、単に長く住んでいるからとか、税金払っているとか、そういう類の問題ではないのである。

日本国籍がない以上、日本国内において権利面で一部の制約を受けるのは仕方がない話である。

世界のどの国を見ても、主権を国民でもない人間に与えるそんな理不尽な制度を認める国などない(正確に言うと、その国で軍務についた外国人(国籍取得中の者も含む)にフルで参政権を認めるカナダなどの例がある。その国において、そのぐらいのコミットメントをしてはじめて許される権利なのである)。

こんなの、どう見ても筋が通らない話で絶対に認められないと拙者は思う。

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2009年9月13日 (日)

再び秋の撮影旅行計画

最近、JALの経営問題が出ているが、そんな中、拙者のJALのマイレージが溜まったので、それを使って航空機とホテルのみの格安パックツアーで来月あたり北海道へ撮影旅行に行こうと思っている。ほとんどタダ同然である。

当地には既に何度か撮影には行っているが、微妙に行った時期が違っている。例によって、非居住者ゆえに、撮影はある特定のタイミングでの”一発勝負”なので、天候が悪かったりしたり、紅葉の状況が芳しくなかったら万事休すだ。

本当は10月中旬に行きたかったのだが、諸般の事情によりそれが叶わず、下旬になってしまった。ついでに旭山動物園にも行ってみたいと思っていたが、ちょうど行く日はなぜか今回の旅行の全日程が休園日でダメだった。まあ、撮影に専念できるということで。

この時期は花畑の花もなければ、そういう華やかさはない。紅葉もピークを過ぎている。畑も作物が刈り取られ、寂しい景色しかないだろう。おそらく旭山動物園も休園でこのエリアへの観光客も少ないだろうから、何となく寂しい感じの冬に向かうシーンを狙おうと思っている。

こう書くと何だかあまり意味がなさそうだが、今回はちょっと前から使用しているGPS記録機器を使って、電子地図上に自分のその日の動きを記録し、撮影場所を特定する、いわば今後のための撮影ポイントのロケハンという意味があるのだ。

そして、最近多数の従来使っていた愛機の犠牲の下に新規で導入した、拙者の35mmフルサイズ、2460万画素の最強デジタル一眼、ソニーα900の威力をいよいよ発揮する時が来たのである。

今日も、少し法律の勉強をやったあと、早速夕方から撮影ポイントのチェックを行なった。いろいろな本や、同じ時期に旅行会社の企画する撮影旅行の日程表もチェックし、それを参考に回るコースを考えていく。しかも、その旅行会社の企画は、知り合いのツアコンの人とプロカメラマンが同行する企画だから、現地で「こんにちは」ということにもなるかもしれない。コーヒーをすすりながら、そんなことを考えたり、地図にいろいろと情報を書き込んだり、こういうことをやっているときは、まさに至福の時間である。

当日の天候にもよるが、ある程度近いエリアをまとめ、時間帯ごとの大まかな撮影場所も考慮しながら、ポイントを絞っていく。

特に遠征での風景撮影では、よほど条件に恵まれる必要があるので、なかなかいい写真というのは撮れないものだが、それゆえに拙者にとっては一種の宝探しのようなものなのである。

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2009年9月10日 (木)

どうでもいいですが、拙者の今日の昼メシ

090911_12300001 最近、節約のために某役所の食堂で食っていることが多いのだが、今日は某銀行の特別食堂にて、タイ茶漬けを食った。最近の昼メシの水準から言ったら、超奮発(笑)って感じだ。

このメニュー、あの”財界の鞍●天狗”も食った(であろう)というメニューで、一部の大会社の経営者には知られたメニューで、噂には聞いていたのだが、その某銀行関係者に連れて行ってもらった。

↓財●の鞍馬天狗については、下記やウィキペディアで調べてくれ。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog426.html

お味の方は、本当にお茶だけで食べるので、超あっさりだ。鯛の刺身をご飯にのせた後、醤油をかけるか、あらかじめ醤油によく浸したものをのせるといい。

まあ、値段の割りにどうということないメニューなのだが、この鯛の刺身が肉厚で歯ごたえがあり、おいしい。

刺身は別の皿に盛られていて、それをご飯の上に乗せるのだが、刻み海苔で上下二段になっていて、「どうせ、底上げだろう」とちょっとしかない上の方に盛られた鯛を後生大事にちょっとずつしかしご飯はふんだんに食べていたら、ご飯がなくなってしまった。実は海苔の下に結構刺身が眠っていて、最後は茶漬けにならず、刺身で食う羽目になるという”ペース配分”のミスを犯してしまったのである。

こんな丼物の食い方でペース配分のミスをしたのは、学生時代に国分寺というところで、あの”スタ丼”大盛りを先輩に食わされたときに、先に肉を食ってしまって、ご飯が大量に余って死にそうになったのをなぜか思い出した(ローカルなネタですみません。今の大盛りはかつてのように過激ではないようですが・・・)。

まあ、今回は具が余って、ご飯がなくなってしまった違いはあるが・・・。

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2009年9月 5日 (土)

質素でもちょっと上質な暮らしを考える

今日、横浜は港北のIKEAに初めて行ってみた。

数日前にたまたま、カタログというか、チラシが入っており、商品のスタイリッシュさと安さが気になって、クルマで出かけたのである。

オープンの頃は結構話題になっていたし、第三京浜は横浜在住の頃からよく通る道の一つだったから、港北インターのそばに見えるので知ってはいたものの、一度も行ったことがなかった。

最近は、拙者の業界も元はといえば自分たちの業界が引き起こしたことだが、不景気なため、以前のような贅沢なことはせず、高級外車も売り払い、日々質素に暮らしている。そのストイックさたるや、これまで当たり前だったことを何一つしなくなったと感じるほどだ。

今回、今さらながらこのIKEAに行って気が付かされたのは、値ごろ感という言葉だ。それなり(といっても結構上質)のクオリティでもリーズナブルなもの、があふれていて、買い物が楽しかった。

これまでの拙者は、結構バブっていて、よくよく考えると身の程をわきまえない暮らしぶりだった。上を見たらキリがないが、今からすればいろいろと贅沢をし、欲求も際限がなかった。

しかし、値段の高いものが(品質的にも)いいというのは、もちろん当たっているのだが、何もそこまで行かなくてもいいのではということに、このリーマンショックで気がつかされたものである。

物事には節度というものがあるということを。

最近、行き過ぎた競争原理ということが、例の”鳩山論文”とかでもそうだが、話題になっている。

拙者もこう見えて、学生時代(今も一応そうなので、第2期学生時代としておこう)は経済学をベースに競争政策とかを研究していたから、フェアネスを前提とした競争は今でも是とする立場である。

しかしながら、自由競争でも何でもそうだが、自由を標榜する以上、その裏返しとして大いなる責任が伴うと思うのである。例えば、自己を律するといった類の良心が求められると考えるのである。一言で言えば、”一線”を越えない節度といったらよいか。

今日の買い物で感じたのは、そこそこ豊かな暮らしをしながらも、それが節度のあるレベルで収まる解のようなものを提示された感じで、それが実に心地よく感じたのだ。

物質的な贅沢でなく、心の贅沢。これって何か気分がよかった。そんなことを感じる一日であった。

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2009年9月 3日 (木)

やってもらおうじゃありませんか、みなさん!

さて、民主党を選んだものの、本当に大丈夫か?という感じに早速なってきている。

しかし、約束は約束、ニュースを見ているとすぐに出てくる民主党のマニフェストへのトレースに、つい

「やってもらおうじゃありませんか、みなさん!」

という鳩山口調を真似してしまう拙者。

全然関係ないが、鳩山クルオとかいう、鳩山(兄)激似のたけしの付き人芸人がいるらしいが、TVタックルの寸劇もこれでまた面白くなりそうだ。

それはさておき、育児支援金は広くあまねくみんなに本当に出るのだろうか?所得制限とか付けたら、ブッ殺すって感じだろう。

しかし、拙者は目先の金がもらえるからといって子どもを作るかというそのさもしい根性が好きではない。こんなの絶対間違っている。

結局そうやっておびき出しておいて、そのガキに将来の借金を押し付けている訳だからね。

あと、もっと気に入らないのは、何で社民党とか国民新党とか、頼んでもいないのに連立にいれるんだってこと。いらねえだろ。クソ生意気に入閣だのとかホザキやがって勘違いするんじゃねえ!っての。国民は誰もあんなのは支持していない。そもそも当選している人数をわきまえろっての。拙者は、ババア党と郵政ゾンビ党を支持した覚えはない。鈴木宗男は支持してもだ。

そういや社民党で思い出したが、拙者の選挙区の石原のぶ●るは自民党でも一応真面目そうなので人間的に嫌いでないが、今回は自民党のパージ、政権交代を徹底するというポリシーを貫くため、最後まで逡巡したが、泣く泣くババア党のホ●カ●ブトに入れたが、あのヤロウ落選しやがった。拙者の票を”死に票”にしやがって。しかも、実際には世田谷区に住んでいて杉並区民でないことも発覚。全くナメてやがる。

何で拙者の地元には民主党のちゃんとした候補がいないんだよ、という怒りは、だったら拙者が出てやろうか、という気分にさせ、つい民主党のHPで党員にはどうやったらなれるのかとか、調べてしまったほどだ。

でも、今までにはなかったものを一部は試そうという動きがあるので、当面はそういうの目新しさを評価して、しばらくは様子を見たいと思っている。

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2009年8月29日 (土)

今回の総選挙への雑感 その2

よく、TVのインタビューやアンケートなどで、なぜ選挙に行かないのかと問われると、「何も変わらないから」と諦めてしまっているコメントが多い。実際、拙者もそういう気持ちが分からないでもない。

しかし、良し悪しや方向性の是非はともかくとして、郵政選挙のときも今回の選挙のときも一方に極端に振れるきらいはあるものの、国民一人一人が動けば、やっぱり自分で自分の道を決められるということは、おぼろげながら分かったのではないだろうか?

拙者は、法学部で憲法を改めて学んだが、その過程でいかに日本人が日本国憲法について、まともな教育も受けず、全く思考停止してしまい、よもやそれが改正できるものだということを考えてこなかったということを改めて知った。

憲法というと、日本人の感覚ではイメージとして第9条が最初に来るため、多くの日本人には、

憲法改正 ≒ 第9条改正 ≒ 平和主義、戦争の放棄の否定につながる懸念

みたいな連想が働く気がする。憲法は全部で第103条まであり、何も第9条だけではないのである。 

これも実に恥ずかしい話だが、アメリカでもドイツでもなんでもいいが、諸外国では戦後だけでも何十回と憲法を改正している国が多いことを拙者は最近になって知った。一度も変えない先進国は日本ぐらいのものである。

1947年に制定された現行の憲法を金科玉条の如く守っているのは、それの出来がいいからということを通り越して、日本人の場合は単に思考停止しているだけではないか?

日本の場合は、憲法の改正プロセスが厳しいため、なかなか難しいのだが、日本国憲法の精神を活かしながら、やはり時代に合わせたマイナーチェンジというのは必要だと思う。

大事なのは、今の憲法というものが制定された歴史的な背景をもっと直視する必要があるということだ。どうやって出来てきたのか?、制定者の意図は?、当時のGHQの日本の占領政策の基本方針は?とかいろいろ調べていくと見えてくるものがある。明らかに、今と事情が異なるということに気が付くはずだ。

そもそも日本人は、憲法のことを知らな過ぎる。拙者も学部時代に教員免許を取るために、憲法が必修になっていたが、(教師の力量の問題も相まって)そのときのことは全くといっていいほど記憶にない。多くの場合、仕方なく嫌々やっているだけだから、頭になんか入っていないのだ。

つまり大学の法学部にでも入らない限り、学校でまともに教わることがないし、ひどいのは法学部のヤツでもちゃんと知らないのがいるぐらいだ(卑近な例でも政治家で何人かそういう人がいますよね)。実際、拙者もまだ学ぶ途上にある。

よく護憲、護憲というが、何であなたは護憲なのかということを問われて、まともな答えが出来る日本人が何人いるだろうか?政治家だってまともな答えが出来ないのではないだろうか?それが思考停止にさらに拍車をかける。

だいたい、第9条を仮に改正したとしても、日本がまた戦争を始めるようなことをするかというと、余程のことがない限り、ありえないと思う。そんなガッツ(?)を持ち合わせた人は、軍事のプロの自衛隊でも少ないというか、まずいないと思う。だから、取り越し苦労だということをいいたいのだ。

いろいろと書き出すと長くなるので、KO大学のコバ●ツ先生が授業でおっしゃっていた語録を以下に書くので、今回の総選挙、国民主権を考える上での一助にして欲しい。

(コ●セツ語録、というか拙者の講義ノートより)

長期自民党政権の中で、権力は永遠に自分のものと考えていた国会議員は前回の参院選で民主党が勝ち驚いたと思う。権力は国民のものと初めて気づいたのではないか?

憲法は本来権力者の暴走を防ぐためにあるもの。

生まれながらに権力の中枢にいた世襲議員は憲法の役割をはき違え、国民を縛ろうと考えていた。A元総理のように「国を愛せ」などという道徳にまで介入するのは全くおかしな話。

憲法は国民が幸福に暮らすための道具。古くなれば改正も必要。

第9条については、他国を侵略しないと明記した上で、自衛権、自衛戦力の保持について、憲法に明記すべき。

世襲議員は訓練を受けずに政治家になった結果、何でも役人に丸投げし、修羅場での交渉が出来なくなった。決定的なのは、米国にも物が言えないこと。世襲議員の親は総じて米国に対し、上目遣いで卑屈だった。本音は「ノー」でも「イエス」と答えてきた。結果、米国経済の負の部分をそのまま日本が引受ける”ババ”を引かされてきた。

世襲議員の弊害は明白。地盤、看板、カバン(カネ)を親から引き継ぐため、他の新人候補より圧倒的に有利に選挙で勝ち抜けることが出来る。これが政界への有為な人材の新規参入を妨げている。結果、庶民の感覚を理解できない政治家を増やし(注:誰のことか思い浮かぶでしょ?)、政治の機能を低下させている。

政治権力者の地位を特定の家族のものとして固定させ、いわば現代の貴族階級を作ってしまっている。これはそもそも第14条の平等権の保障、貴族制度の禁止の問題にもなる。

第14条では選挙における平等を規定している。だから、議員の世襲制限こそが憲法の要請だ。今検討されている制限策は、世襲議員にとって極端に有利な親と同じ選挙区からの立候補を禁じるだけのこと。

世襲が他者の被選挙権、職業選択の自由、平等権を侵害している。結果として政治の質を下げている弊害を直視して、公共の福祉(つまり社会全体の利益)のため、世襲制限によって当人たちの人権濫用を防ごうということ。だから世襲制限は世襲議員の言うところの人権侵害などではない。

世襲議員たちから、半ば感情的としか言いようがない反発が出るあたり、よほどその地位は捨てがたいのだろう。政治を家業として生まれ育っているから、それ以外の家業が考えられないというか、考えたくないのだろう。ならばなおさら、落選で、主権者は大衆国民であるということを知らしめる必要がある。

(以上、拙者の講義ノートより)

最後に、最高裁判事の国民審査について。

気がついた人もいるかもしれないが、ここ1週間で主要紙に意見広告の形で、1票の格差を合憲とした最高裁の判事を国民審査で落とそうというキャンペーンが掲載されたことをご存知だろうか?

ここでは約2名の判事の名前が挙げられているが、拙者の私見を述べるなら、残りの判事たちも政府・与党(自民党)が選んだ人物であるから、政権交代というのなら、そいつらの息のかかった全員に対しても”×”を付けるべきではないか?

この国民審査で落とされた最高裁の判事が過去いないことはよく知られていることであるし、判事のことを知らないから判断をしないというのが、日本国民の一般的な行動であった。

しかし、選挙でまず国民は「国権の最高機関にして唯一の立法機関」である国会の議員の選択を通じて、行政権への影響力を行使する。また司法に対してもやはり立法権の力は大きい。

そういう国民としての選択の自由を大いに考えることこそ、国民主権の本質が宿っているのである。是非皆さん、億劫がらずによく考えて、選挙権、国民審査権を行使しましょう!

世の中は、実は自分たちの力で変えることが出来るのです。

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2009年8月28日 (金)

今回の総選挙への雑感 その1

いよいよ週末総選挙である。

今回の選挙はいつになく拙者的には高揚した雰囲気がある。というのも、今回ほど拙者的には選挙のそもそも論を考えたことがないからだ。

そもそも論から導出される問題をいろいろと考えていくと、我々が選挙権を行使するということの意味を深く考えるようになるのだ。

しかしそれにしても、各政党が出しているマニフェストなどというのは本当に当てにならないものだ。

一番矛盾を感じるのは、雇用も守ります、税金も下げます、年金も守ります、などという、どう考えても二律背反なことを約束しているところにその胡散臭さの根源がある。

拙者的には、結論から言うと本来はシンプルに日本の社会の方向性をどうしたいか、次の2つの問題の選択を問うべきではないかと考えている。

①過度な競争を抑えることで雇用を守るために、規制緩和はある程度制約する。

②規制緩和を推し進め、末端消費者が手にする商品の価格を徹底的に下げ、消費者利益を極大化する代わりに、多少のサプライヤーたる企業の淘汰や疲弊を許容する。

本来は上記2つの選択が議論されるべきではないだろうか?

これらの論点は、日本という国の社会や経済をどうするかという方向性を決める問題を内包する。これから派生して、自ずと出来ること出来ないことが明白となり、税金や年金などの社会福祉の問題がどうなるか決まってくるはずである。

競争を促進すれば、企業は利潤を上げにくくなる。その結果、消費者は消費活動においては、安い価格で商品を購入できるなどエンジョイできる。しかし、企業の経営は不安定になり、結果的に雇用は守れるかは保障できなくなる。

一方、物価は多少高くてもそれを我慢する代わり、企業が利潤を上げやすくなることで、結果的に雇用が安定する(可能性も高くなる)。

そのどちらを選ぶか、ということを本来の議論にすべきではないかと思うのだ。

購買もエンジョイして、雇用も守れてというのは、この低成長時代においては両立し得ない話なのである。それを政治家という奴は全部都合のいいことをやります、やりますという。全くいい加減なことこの上ない話だ。

拙者的には、どちらかというと①を選びたい。結局、安定した生活あっての消費活動なので、過度な競争でそもそもの生活基盤をぶち壊してしまっては、全く意味がないと思うからである。拙者は、日本の低迷、社会の不安定化の根源はここにあると考えている。

日本を取り巻く経済の環境はもう十分に競争的であると思うし、これ以上無理やり効率を追求なんかしなくたっていいんじゃないかと本気で考えるようになった。

それが証拠に、実際、今朝の日経新聞にもこんな見出しがあった。

「食料・日用品、6割が下落」

「供給力に余剰感 価格競争消耗戦に」

全てにおいてそうだが、まだまだといって雑巾を絞っていったら、カラカラに乾いてしまい、拭いた物がかえって傷がつくということにもなりかねないのではないだろうか?格差の問題も詰まるところここに帰結するのではないかと思うのだが、どうだろう?

全く何も考えずに特に米国式の競争原理の導入を推し進めたり、向こうのやり方を手放しで礼賛して取り入れてきた日本人の主体性のなさをいい加減”総括”すべき時が来たのではないだろうか?

前にも書いたと思うが、拙者が大学院生のときにアメリカ帰りの市場”原理主義”者の先生方に教わったときの違和感、いくら説明されても腑に落ちなかったあの自然体での思いをやはり今さらながら思い出すことが多いし、その気持ちを大切にしたいと思っているのだ。

要するに、拙者の行き着いた結論は、(特に米国で盛んな)近代経済学のような頭の中で考えた理論的に効率的な社会と現実の社会は大きく異なるということ。

多少はそういう競争原理が必要だということは、今となってみれば理解しているが、ぺんぺん草も生えないぐらい、とことん行くところまで行ってしまう過度な競争原理の導入は全くいいとは思っていないし、日本人のメンタリティには合わないと思っている。だから拙者の肌に合わないと近代経済学から足を洗い、最近では法律学、特に人権ということに関心を持つようになったのである。

(つづく)

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2009年8月27日 (木)

最近の拙者の豪華ランチ

090828_11200001 すっかりリーマンショック以降可処分所得の減った拙者。

その余波はお昼の食事にも影響している。

最近よく行くのはオフィス近くのとある役所の食堂。

見よ、これがその役所の最高級メニューの「麺定食」だ。ちなみに、600円。

定食というより、見ようによっては「麺御膳」だ。このボリュームといい、どうだ、豪華だろう!

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2009年8月16日 (日)

久々に行った場所

久しぶりに群馬の榛名山へ行った。実に大学生のとき以来だから、20年ぶり近い感じだ。

お盆の時期でもあったので、地震で被害を受けた東名やいつも混む中央道は避け、関越道方面にということで、手ごろな距離ということもあり、新しい車の慣らし運転も兼ねて、思いつきで出かけたという次第だ。

新しい車は高速道路では結構いい感じで、疲れにくく、エンジンのパワーも十分といった感じで、まあまあ快適だった。やはり、スバルは長距離ツーリングカーとしては優れている。ただ、今度の車はミニバンみたいなものなので、車高が高く、山道のコーナーリングは重心が高いので車体の姿勢変化が気に入らないが、まあいいだろう。

朝7:30頃には家を出たので、結構順調に榛名山には着いてしまった。ロープウェイで榛名富士に登り、山頂から新しいカメラでこちらもテストということで写真を撮ったりした。

ついでに山を下りたら榛名湖へボートで漕ぎ出して沖に出た。結構、湖面の風が心地よく、しばらくとどまったりした。

しかし、ここはこんな程度しかやることがなく、観光スポットにはややつまらないエリアである。そんなこと、来る前から分かってはいたことだが、改めてそう思った。

ちょうど、お昼時だったので、メシでもと思ったが適当な店がない。仕方なく、関越道を挟んで反対側の赤城山の方へクルマを走らせ、とある蕎麦屋でようやく昼飯にありついた。これがまたうまい蕎麦で、これだけで来た甲斐があった感じだった。

帰りには道の駅の野菜の直販品を買い込み、主に夏野菜ばかりだったが、これを土産に帰途に付いた。

帰りの関越道は群馬から埼玉県境辺りが激しく渋滞したが、それを過ぎれば至ってスムーズな方で、夕食の時間帯には家に戻ることが出来た。

せっかく、室内にゆとりがある車を買ったので、日帰りでの地方への写真撮影やら、そういう長距離ドライブを時々はやってみたいと改めて思った次第である。

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2009年8月10日 (月)

山ごもり

先週1週間、休暇をとったのだが、旅行に行く軍資金がなく、結局山ごもりをして勉強をした。

山といっても本当の山ではなく、学校の図書館に毎日通い、そこでひたすら勉強をした、ただそれだけのことである。

会社に行くのと同じ時間(結構早い時間!)に電車に乗り、図書館が開くまでは教室に上がりこみ、朝食をつまみながら本を読み、実に規則正しく、普段と変わらないような生活をした。

主に、憲法、独禁法、刑事訴訟法という、全く脈絡のない学び方だったが、ざっとアウトラインをつかむことが出来た。非常に有意義だった。

ちょうど、ノリピーやら、押尾が逮捕されたおかげで、特に刑事訴訟法ははかどった。全てこういう事例などを実際に当てはめて考えながら勉強したからである。それに裁判員制度も始まった。

しかしまあ、そういうノリでやっているから、ワル知恵で使えそうなネタばかりが頭に入ってくる。この山ごもりですっかりそっちの知恵が付いてしまった。

少し、横道にそれた勉強をしてしまったので、今年の後半戦は民法、刑法などをしっかりやろうと思っている。

たかが1週間だったが、随分といろいろと思考をめぐらして、普段出来ないようなことが出来たと思う。

お金がなくて旅行に行けなかったのは残念だったが、これはこれで贅沢な時間の使い方だったと思っている。

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2009年8月 2日 (日)

慣らし

ニューマシンを駆って、奥多摩を軽く流してきた。

奥多摩というのは、実につまらんドライブコースで、見るべきところがない。おまけに、中途半端に都心から遠く、疲れるだけというのが定説なのだが、まあテストなので、それは百も承知で家を出た。

しかし、ひでえ天気であった。雨がほぼ降り続き、時に強い雨になった。

新しい車で走っていて、まず感じたのはフィーリングのあまりの違いである。

まずはサスペンションである。ノーマルのものはストロークが長いこともあり、路面のショックやロールは結構大きい気がする。結論から言うと、山道に行ったときにコーナーでの姿勢変化が大きく、しかもアンダーステア(要するに曲がらない)が強くて、アウディと比べたら全然ダメだな、という感じだった。

エンジンについては、水平対向エンジン独特のドロドロドロという音はあまり感じない。その昔、乗っていたレガシィの方が風情があり、エンジン音による盛り上がりが洗練されてしまった点がかえって残念に感じたものだ。しかし、パワーフィールは悪くない。エンジンはスイッチをひねるとインテリジェント、スポーツ、スポーツ#の3種類のモードがセレクトできるのだが、これは状況によって使い分け出来て、結構いい。ちょうど、3種類のエンジンを積んでいるようにフィーリングを変えられるのだ。スバルはエンジンはやはりいいね。でも、ガソリンを2倍噴射して怒涛のパワーを出すスポーツ#モードがあるせいで、エコカー減税が受けられなかったのでは?という気がした。

しかし、エンジンのパワーを搾り出すそのスポーツ#モードでマシンを振り廻そうとすると、足回りが付いていかず、同乗者がいる場合にはそういう気合を入れた走りは厳しいなという感じ。アウディのときは全く分からなかったのに。

値段が約3倍もするメーカーチューンのアウディと比べるのはそもそも失礼なのだが、一度それを見てしまうと、国産のちょっとスポーティなモデルでもがっかりするほどのレベル差だということに運転していて内心愕然としていた次第である。

しかし、あの精緻なハンドリング、レールの上を走るような走行感覚、スポーティでありながら乗り心地も犠牲にしないゆるぎないサスペンション、どれをとっても最高の極みだったなあ、と。

しかし、今の懐事情でそれを維持するのは難しいし、また買うかというと微妙である。とにかく値段は3倍出してもいいかというと、「うーん・・・」という感じなのである。

しかし、ライフスタイルに応じた車選びがあってもいいと思うし、しばらくこの車に乗ってみて、また別の良さがあるかもしれないしな、と思った次第である。

ところで、奥多摩ドライブだが、東京軍鶏の焼肉を食べて、それだけが唯一の満足だった。あーつまんなかった。

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ニューマシン受領

ニューマシン、スバル・エクシーガを納車された。

改めて乗ってみると、車内は静かで乗り心地がよく、使い勝手も悪くない。いい買い物をしたという感じだ。

エンジンも十分といった感じで、渋滞があったため、スポーツモードとかで走っていないが、街乗りでも扱いやすい感じ。

ハンドリングは前のアウディと比べると、ややキレはないが、車のキャラクターからいくと好ましいのではと思った。

V8エンジンのアウディは乗り味が重厚だったが、この車は軽快といった印象が強い。実際そうなのだが、何だか軽くなった感じだ。

早速明日にでも奥多摩周回で慣らし運転をしようと思う。

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2009年7月27日 (月)

暑くて書けん

最近、このブログのアップデートが遅れている。

というのも、拙者の書斎にはエアコンがなく、つい億劫になってしまうのだ。拙者の情報発信はそのクソ暑い部屋から行なっているのだ。

本当は今年のボーナスで買おうと思ったのだが、あまりのショボさにその余裕はなく、古い機材を売って得た埋蔵金で捻出した金の一部は結局、新しいカメラとレンズに化けてしまい、実は内心ちょっとエアコンを買おうと思ったのだが、この夏さえ我慢する代わりにカメラが手に入るのだと思ったら、まあいいかということになってしまった。

最近では、政権を取るであろう政権のマニフェストを研究し、何をやったらご利益に預かれるか、何は自分にとって改悪されるかについて研究&予想している。

それによって最大のメリットが得られるであろう行動を起こそうというものだ。もらえるものは徹底的にかっぱらうというエグイ姿勢である。

しかし話は変わるが、トヨタのCM、どいつもこいつも減税車で何でなんだと思ってしまう。あの税制優遇はトヨタのものだけか?という気さえしてくる。

何で排気量オレの車よりでっけえくせに、減税なんだよ、と。いや、拙者の車がターボでパワー搾り出しているからいけないのだが、なんか釈然としねえ。

スバルは自分のところの車を減税対象車に認定させる政治力がないのかな、と。

拙者の車など、ビタ一文減税の恩恵を受けていない。減税の車はエコエコエコってひよった乗ってて楽しくない気合の入ってねえ車と、何だか不愉快な気分がしてきた。

まあ車のことは諦めたが、それ以外は最大の税効果を得るべく、バラマキ民主党さんに「あとで財源なくても、約束は約束だ、払ってもらいましょう!」ということで、いろいろとばら撒きの恩恵をゲットしようと思って先回りする作戦を立案しているところである。

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2009年7月12日 (日)

愛用品の入れ替え

今日、とうとうガレージから拙者のスーパーカーがいなくなった。最後にガレージに収まる愛車の雄姿を写真に収め、ディーラーの人が取りに来たのを見送ったのだった。

気分的にはまるで彼女と別れたような気分に近いものがあり、改めて複雑な気分だったが、家計リストラの一環で致し方ない。

あらゆる面で、まさにステータスシンボルとして、また性能も含めて申し分のない車だったが、どこか心の片隅では、一方で何かが違うような気がしていたのも事実だった。前にも書いたように、この車の時代は、拙者的に正直言ってあまりいいことがなく、いなくなくなってせいせいしたという気分もあり、まあよかったのかもしれない。

ついでに、拙者の愛用していたデジタル一眼レフカメラも売りに出し、新しいものに替えた。それまではキヤノン製のプロ用機(既に旧型)を使っていたが、それを下取りに出し、ソニーのα900という最高級機に買い換えた。これとほぼ同等の性能のキヤノンにカメラにするか(普通のプロならこっちにすると思う)、ちょっと迷ったが、天の邪鬼の拙者は使っている人が少ないソニー製のものを敢えて選択した。

今回はちょうど、持っていたキヤノンのカメラがそこそこの値段で売れる最後のチャンスという読みからだった。デジカメはすぐに性能も陳腐化して価格が下がるので、スペックに大きな差が付いたところで乗り換えたのだ。昔のカメラと違って、商品サイクルが異常に速い全くの消耗品である。

下取りの値段も期待していた額を充足した上、買い換えると査定額アップのキャンペーンもあり、かなりお得に乗り換えることが出来た。一応は自称プロなので、それに見合ったスペックは必要不可欠であったのだ。後はひたすら撮りまくるだけである。

そういう薀蓄や買い替えの言い訳はさておき、ここに来て拙者の愛用の品が一気に入れ替わった。車も国産のステーションワゴンタイプのものに替えたから、いよいよ写真家としての活動(?)にふさわしい道具が揃った感じでもある。

新しい道具たちと、また新しい自分の生活、ひと時の人生を過ごすつもりである。

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2009年7月 4日 (土)

とんだ人違い

少し前のことだが、あるパーティでの出来事。拙者は、大ボス、ボスと3人でそれに出席した。

やっぱり、大ボスが一緒だとウザったいものである。移動の車の中で思いつきで変な質問を投げつけられたり、突然詰められたりするからだ。

それはさておき、パーティーだ。会場を見渡したら、プロゴルファーの青●功がいるではないか。あの、世界のAOKIである。

実物を見たことある人は知っていると思うが、かなりの長身である。

Photo_15587 拙者とボスは「あ、アオキがいる」と話していたら、大ボスは何を間違ったか、そのア●キに向かって、ツカツカと歩み寄り、

「どうも、どうも、○×さん(別人の名前)」とか言いながら、世界のアオ●に向かって、近づいて行くではないか!

一瞬、超焦ったのは、拙者とボスである。

「このオッサン、世界のアオキを知らないのか??(いや、普通の人はそんなはずはない!)」

と、同時に心の中で超高速で一瞬そう思ったようであるが、あまりに突然のことで呆気に取られていた。

一方、見ていて笑っちゃったのが、いきなり見知らぬ人から別人の名前で呼ばれて、目がテンになる世界のアオキ。

実は、うちの大ボスが世界のアオキのことを別人と間違えたのは、某レンタルDVDショップで有名なTS●TAYAの創業者。

大ボスが繰り出す、全然ゴルフと関係ないレンタルショップの話に戸惑う世界のアオキ。でも、なぜか、目が点になりながらも、うなづいたりして適当に話題に合わせる世界のアオキ。いやはや、オトナだなあ。。。

呆気に取られていたところからようやく我に返った拙者とボスは、その様子を自分たちはさもそのオッサンとは関係ない招待客という風情を装い、少し大ボスを遠目に見ながら、腹を抱えて大笑いした。

「この話、会社に帰ったらすぐにでも誰かに言いたい。でも、言えねえ。。。」

笑いをこらえて、3人で車に乗り込み、会場を後にし会社へと向かったのだが、しかし、帰りにどうしても気になったのが、間違えた人の容姿である。なぜ、このオッサンはあんな超有名人を他人と見間違えたのか???ということである。

実は拙者もボスもその人がどんな顔なのか知らなかったのだが、会社に戻ってから早速TS●TAYAの創業者の写真を調べてみた。で、驚いたことに、

Executive_pic01 「うっ、け結構似てなくない。。。見る角度によっては見間違えるかも。」

早速、ボスのところにその写真をプリントアウトして持っていったが、これまた大笑い。

ボスも拙者も誰かに言いたくてしょうがなかったが、しばらくネタとして温存することとし、黙っていることにした。

しばらくして、チームの飲み会をやることとなり、そのボスも来たのだが、その席で彼が大ボスの人違いネタを暴露したのだが、結果は大ウケで、超盛り上がった。

大ボスは思い込みが激しく、ちょっと宇宙人的なので、みんなから正直嫌われていたのだが、日頃の鬱積がみんな溜まっており、その後は大ボスの様々な奇行の数々など禁断ネタを各人が披露する始末で、大盛況のうちに飲み会は終了した次第である。

たまたま大ボスの秘書も招待していたので、溜まりに溜まった日頃のストレスの解消になったようで、よかった。

しかし、思い込みがすごすぎて、様子が変だと気が付かないあたり、大ボスのすごいところである。

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2009年6月21日 (日)

乗り換え断行

結局、現在の愛車は売り払った。いろいろとムダをやらかしたが、本当に損切りということだ。一時的に痛手はあったが、将来のツケを軽減するため、やむをえない措置であった。

こだわり&自慢の愛車だっただけに、実に割り切れない思いが正直あるのだが、そういうのに流されてはいけないと、意を決してリストラを断行した。実に素晴らしい車だったが、この車に乗るようになってから運が下がった。そういうこともあり、売ったのは正解だったと信じたい。

ということは、スバルが新しい車として入ってくることになる。そちらは、新規導入の手続きを実施した。EXIGAという車種である。7人乗りの多目的車で、拙者の趣味である写真撮影でも威力を発揮してくれる車だろう。スバル車は15年前にレガシィGTツーリングワゴンを四国時代(よく高松-松山間の高速をかっとばしていた)に乗っていたが、それ以来で”スバリスト”復活である。当時のこの車、実に素晴らしく、260馬力程度のツインターボを搭載し、実に速くてあの印象が忘れられず、今回復活となった。

スバル(富士重工)といえば、戦前の中島飛行機。旧陸軍の名戦闘機の”隼”や”疾風”などの名機で知られるメーカーで、拙者が四国で乗っていたレガシィはボディカラーをそれらの戦闘機にちなんで濃緑色にし、”隼”号と勝手に名付けていた。だから今回は”疾風(はやて)”号と名付けることとしたい。

それはさておき、愛車を売ったからといってそのまま車なしの生活になってしまうわけではない、何と新車が来るのだ、超ラッキーとポジティブに考えることにした。

装備も本当に必要なものを厳選して盛り込み、極力ムダを排した。それでも、ナビは新しくなるし、どさくさまぎれにパワフルなターボエンジン搭載モデルにしたり、タワーバーでボディ剛性の補強や顔面のドレスアップなど、細かいこだわりは妥協せず、黙っていろいろやらかしている。それでも安いのだ。これだけいいものが、この値段で実現できる、日本製はやっぱり素晴らしい。

しかも今回は所有せず、税金やメンテナンス込みのリースにしたので、今回みたいに転売や中古車の処分とかも考えなくていい。リースにしたのは理由があるが、詳しくはここでは書かない。

ギャラの減少など、いろいろなストレスでずっとおなかの調子が悪かったり、このところ全くひどい目に遭ったが、これまでの拙者のバブった生き方、考え方を改め、家だけは贅沢に一点豪華主義、それ以外は堅実路線で拙者の家計の立て直しを図っていきたいと思っている。

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2009年6月20日 (土)

参った参った

最近、ずっと書く気になれずブログをアップしていなかった。

一番の理由は夏のボーナスの悲惨さだ。拙者のような専門職は年俸制で業績賞与(ボーナス)は年1回なため、それは生活の上で最も楽しみにしているものであり、意味合いも大変なものがあるのだ。

それが実に悲惨な結果に終わった。まるで、災害被害者の見舞金か、新卒学生のご祝儀かというショボさ加減だった。

実は昨年、サブプライムの影響で多数の首切りを伴うリストラと大幅な賞与カットを食らっていたため、いい加減、アクヌケしただろと思っていたら、実勢に合わせて下げてきやがったというか、ほとんどなしだったと言っていい。でも、業績は黒字だったのだ。

ここ2年ほど、そういう状態がなぜか続き、下がる一方だったが、もうこれ以上下がらないというところまで来たので、さすがに下げ止まると思うが、調子こいて来年以降も横ばいにしてこないか、それがもっぱらの不安材料である。

しかし、役員とかのオヤジも痛み分けしたという話は聞いていないだけに、周囲のメンバーの反発も強く、しかも情けないことに今回下げる理由を上司に質したところをロジカルに説明し切れなかったのである。

そりゃあ、説明できないだろ。自分たちが食い散らかした残りかすを食っていろということなんだから、まずは自分が責任を取って腹を切り、その上で泣いてくれというのなら分かる。全然そんなんではないのだから。。。

当然、そんな上司たちの求心力はゼロになる。隣の部署とか見ていてもそうだが、上司に対する部下たちの視線の冷たさといったら半端ない。何を言っても、ああそうですかという感じで、言うことなんか聞かない。それで上司が悩んでしまうほどだ。

個人の業績を重視しておきながら、組織の事情を持ち出して、報いていないのだから、「今年はナンボ稼ぐんだ」などといわれても、「こんなことやらかして、そんなことよく言えるな。その前にオレたちに何か言うことがあるんじゃないのか」ということになる。成果主義なんて、ちゃんと運営出来ないんだったら、はなから共産主義の人事体制に戻せばいいのだ。

そう考えると、年功序列の人事制度に全部戻して、平和裏に会社を運営すればいいのにと最近思ってしまう。多少の悪平等はあるかもしれないが、日本にはそのほうがいいような気がした。ここまで日本の企業がダメになった理由はそんなところにあるような気がするくらいだ。

何だか愚痴になってしまったが、おかげで拙者のスーパーカーもリストラで手放そうかと思っている。とはいえ、少なくとも残債の金額以上で買い取ってもらって、価格も維持費もリーズナブルな国産の実用車に乗り換えようと思っているのだ。

ただ、今の愛車を新車購入という見返りなしで単純に手放すだけでは、いい見積りは出ない。そうなると、安価なものではあるが、一応新車への乗換えで支出を抑えつつ、ディーラーに少しでも高く買い取らせることがexit戦略として最善策と考えたのだ。

実はだいぶローンの支払いも進んでいて本音は売りたくないのだが、先々の維持費やいろいろなことを考えると、これ以上付き合うのはまずいと思ったのだ。証券マン的には”損切り”的発想なのである。変にこだわって深みにはまる前に割り切ろうというものだ。

しかも、拙者のスーパーカー、レア過ぎて、市場に出回っておらず相場が立っていないのだ。だから、中古買取価格が割り出せない。流動性がないということは、逆にこれは危ないなと思ったほどだ。だから、損しない範囲で売れるのなら今のうちに売った方がいいと思ったのだ。相場が崩れたら目も当てられないから、逃げるが勝ち(価値?)だと。そういうところ、実に証券マン的。

おかげで、この土日は車の相見積り取りや価格交渉に奔走している始末。実に情けない。

しかし、いい意味で解釈すれば、この際、金のかかる外車と決別するいいチャンスでもあり、別に車が完全になくなるわけでないのだから、贅沢と思わなくてはならない。しかも今の車になってから、あまりいいことがなかったので、言い方は変だが、厄介払いみたいなものだ。

でも、拙者は要領が悪いので、新車を買うのに今はやりの”減税対象車”なんざ、見向きもしないあたり、ロックなオレ(笑)などと、そんな自分のことをいとしく思ってしまうのである。

今の候補はスバル製を考えている。四駆で水平対向エンジンにターボというこだわりはトヨタとか日産の車では満足できない車好きの譲れないところではある。

まだ悩んでいるが、明日には結論を出そうと思っている。

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2009年6月 5日 (金)

拙者の生まれ故郷に行ってみました

090605_14210001_3 たまたま近くまで来たので、今日、 拙者の生まれ故郷に行ってみた。もうここには数十年行っていない。

拙者の生まれた街は、最近やっているTokyuのCMに出てきそうな、典型的な郊外型の新興住宅地であった。

まず感じたのは、みんな建物は新しく建て替えられていたけど、当時の面影は残っていた。

それと街路樹の木が大きくなっていて、すごく落ち着いた街並みになっていた。雑木林を切り開いて開発された街だから当時も緑はそこそこあったが、当時は本当に新興住宅地だったのだ。

さて、昔の家つまり拙者の生家に向かって歩いてみる。

駅から歩いて間もなく、まず目に入ってきたのが、公園。よくここで夏は盆踊りをしたものだ。

とにかく歩いていて感じるのは、子どもの時の印象より街が小さく感じるのだ。体が大きくなり、目線が高いからだろうか?

公園のとなりにあったマンションは建て替えになっていて、某大手不動産会社が分譲マンションを建築中だった。よく買い物をしたそこのマンションの下にあったスーパーや本屋はなくなっていた。

その向かいには当時の高級マンションがあったのだが、それはそのままだった。築40年ぐらいにはなるはずである。

090605_14270001 さらに歩いていていくと、大きな交差点があり、その近くにはよく母と買い物をした八百屋さんがあったのだが、廃業していた(左の写真)。気のいい店のおばあちゃんはとっくに亡くなっているのだろうし、改めて時間の経過を感じたものである。

その向かいには幼稚園、小学校の同級生の実家の材木屋があったのだが、これも廃業したのか移転したのか、今はアパートになっていた。

さらに生家跡に向かって歩いていくと、丘の上に上がるS字の坂がある。

かつて、そのたもとの農家の庭先にはアヒルが放し飼いになっていて、幼い拙者は「ほら、アヒルさんがいるよ」などとよく言っていたものだった。そんな光景が思い出されたが、今はアヒルはいない。でもアヒルが歩いていた農家に続く小さな坂道は当時の佇まいのままで、不思議な気分だった。

丘の上にあった生家に続くS字の坂を登る。ここも昔のままだ。拙者にとってはここが故郷の風景の一番のハイライトなのである。

小さな子どもには大変な坂だったのだが、今歩いてみると案外サラッと登れてしまう。

登りきると、雨の中、しばし立ち止まって坂の下に向かって懐かしく眺めていたものだった。

ちょうど坂の上のあたりに、かつての同級生の家があったのだが、これも全く跡形もなく、瀟洒な家が二軒建っていた。地主のおばあちゃんもとっくに亡くなって、相続かなんかで切り売りされてしまったのだろう。

090605_14350001_2 そして、いよいよ生家の社宅跡に着いた。

すでに住んでいた社宅はリストラでとっくの昔に売却され、今ではいくつかの宅地に分割され、建て売りと思われる住宅地になっていた。

わずかに中央の小道と、拙者の住んでいた社宅と同じ形状の隣にあった別の古い集合住宅(当時は某大手鉄鋼メーカーの社宅だった)が当時をしのばせる唯一のものである。この小道を幼い拙者はよく走り回っていたものである。

その裏にも同級生がたくさん住んでいた某大手商社の社宅があったのだが、そこも跡形もなく、そのまた隣の某大手電機メーカーの研究所も同様で、すべて整然と区画されたいい感じの住宅街に変わっていた。

090605_14380001 研究所の建つ前は広大な原っぱで、拙者が2歳か3歳の頃だと思うが、よく遊んだ場所である(古い写真に父と写っているのがあるが、とにかく空が広かった記憶がある)。しかし、あまりの変わりように、これには驚いた。

自分の通った幼稚園にも行ってみた。完全に建て替わって全く記憶とは違った風景になっていた。しかし、懐かしい場所だ。

ひとしきり、街を散策し、幼少の頃の記憶をたどってみた。なかなか有意義な時間であった。

しかし思ったのは、幼い頃過ごした街というのは記憶に残るし、その人の人格形成の上でも結構大きなものがあるなあ、と感じた次第である。つまり、どういう街で子育てをするかというのは重要で、その子どもが大きくなったときに、それは大変な思い出になるのだなと。

皆さんもたまには自分が幼かった頃、そして故郷の風景を思い出してみるのもノスタルジーに浸れてよろしいかと思いますよ。

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2009年5月31日 (日)

華のK早戦

090531_14510001 今日初めて野球のK早戦の観戦に行って来た。

世間一般には早慶戦だが、KO関係者は慶早戦とよぶ。

http://www.keio.ac.jp/ja/contents/stained_glass/2003/240.html

さらに詳しい沿革を知りたい方は、ウィキペディアで調べてみて欲しい。詳細な説明がある。

昨日はハンカチ王子の登板であることは知っていたのだが、天気がいまいちということもあり、観戦は翌日の今日にしたのだが、裏目に出て今日の天気は最悪だった。

が、来てしまった以上、観ないで帰るわけにも行かない。12:00前に神宮球場へ入り、三塁側のKOの応援席で、両校の応援合戦を観る事とした。K早戦ではKOは常に三塁側と決まっていることを最近知った。

しばらくしたら、早稲田の応援団がKO側スタンドにやってきて、「フレー、フレー、ケイオー!」とやっている。終わると惜しみない拍手が送られる。早稲田の応援団、(KOより)格好よかったなあ。

しかし、長い伝統があるだけあって、さすがによかった。観戦マナーも良く、今日は天気も雨が降ったりやんだりで、傘も開いたり閉じたりを繰り返したのだが、なるべく周りの人に雨露がかからないよう、みんなが傘の開閉に気を遣っていたり、細かいことだが素晴らしいなと思った。

また、ヤジの類は一切なく、自校の応援と相手へのエールという、非常にクリーンな観戦であった。校歌や応援歌などが随時繰り出され、本当に華やかといった感じである。

数あるスポーツ観戦の中でも、場内が一体となるあの盛り上がり、さわやかさ、これは結構ハマるなと思った。多分、秋季リーグ戦もまた行くと思う。

それにしても思ったのは、KOの応援席は早稲田の半分ぐらいしか埋まっていない。しかも早稲田は結構組織的な応援で声もでかい。対するKOは・・・。「おいおい、早稲田の方がすごいじゃん」とKO応援席からは感嘆の声が上がる始末。

しかも、早稲田の付属校の生徒たちだと思うが、白いタオルかなんかで”W"の文字を出してみたり、「まるで北朝鮮のマスゲームみたい」との声が出るほどだった。「KOも三色旗(塾旗のこと)とか作ればいいのにね」とか言っている学生もいた。

それにしても、早稲田の方は一塁側からライトスタンドまでぎっしり人がいる。KOは三塁側に付属学校の生徒たちと思われる一群のあたりは声援が盛り上がっていたが、拙者のいるレフトスタンド学生席は半分ぐらいしか埋まっていないし、ボルテージも上がっていない。

最初は盛り上がりでは負けているなあという感じだったが、試合開始前の塾歌斉唱で1番から3番になるにつれて徐々に声も大きくなり、少しずつKO側の応援も盛り上がってきたのを感じた。

”ああ わが義塾 ケイオー ケイオー ケイオウ♪”

試合が始まって、いい感じに接戦でスタートすると、いっそう盛り上がってきた。特に得点が入ると、歓声と共に観客席は総立ちとなり、例の”若き血”を周囲誰彼構わず肩を組んで歌う。

”陸の王者、ケイオー♪”

そこそこ点が入ったから、”若き血”の出番もあり、K早戦の醍醐味もあったというものだった。

しかし、試合が6回に入ったころ、急に雨足が強くなってきた。屋根のない神宮球場で夕立のような雨はたまったものではない。試合も中断され、KO応援席も一斉に席を立つ人が増え始めた。

拙者もたまらず撤収し、試合観戦を断念して帰ることとした(根性ねえ・・・)。

上の写真は、試合が中断されたときの写真である。

その後まもなくして試合再開となり、結果は、後半のKOの追い上げもむなしく、6-5で早稲田が勝利した。

もちろん、野球は秋にも観に行くし、明治戦などの他校との試合も観て見たいなと思うようになった。冬もラグビーとかも観に行きたいと思っている。

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2009年5月29日 (金)

もどかしいけど押し殺す、これも修行なり

法律を学び始めて、まだ自分の学習スタイルを確立はしていないが、基本的には大先生の学説や判例、まあ文系の場合はそうだろうが、過去の研究成果をベースにレポートや論文をまとめるということが基本であるようだ。

文系の学問の場合、先人の研究成果の積み重ねの上に現在の理論があることは確かな上、しかも学部生ごときにアカデミックな意味でのオリジナル理論など作れるはずがないし、期待もしていないという前提なのである。

なので、ある課題に対し、基本的には他人の言葉(偉い先生の説)を引用しながら、七転八倒しながら様々な学説や判例なども検討し、ちょこっとだけ自分の意見を言うという感じで、やや窮屈だ。引用しすぎると、パクリだといわれるし、自分の意見が前面に出すぎると生意気だということになる。パクリと言われないためには、もちろん出典を明らかにすればいいのだが、この塩梅とやらなかなか難しいものがある。

そうは言っても、通説を疑えなどという先生もいるが、それを疑ったとして論破する理屈も持ち合わせていない。

こうして書いたものとかは、実は成果物に自分の色は全く出していないのと一緒だから、拙者のキャラ的にはすごく息苦しいし、もどかしい。

でも考えてみると、会社も同じことで、自分の意見はあるのだが、自分は身分が低すぎて聞いてもらえないし、わめいたところで組織があまりにデカ過ぎてなかなか動かないのである。

昔は何か気に入らないことがあると後先考えずに散々会社内で大暴れして上司を困らせたものだったが、最近はすっかり枯れて「まあ、言ってもしょうがないか」と諦められる心境に達した。これを拙者的”解脱”の境地と勝手に呼んでいる。

がんばらないのも考えものだけど、別にがんばりすぎる必要はないのである。

拙者も大人になったものだ・・・。それはさておき、

大学院の頃は、理系の要素の強い経済学・経営学の学校だったので、メチャクチャな仮説をブチ立てても、ある程度学問的なフレームワークを踏襲し、データで計量分析を行なって実証すればよしとされていたから、ある意味すごく自由な研究をしていたという感じだった。理科系の発明と似たようなもので、ある日突然学生がちょっとした発見をする余地が残っていたし、それが年齢が若くても博士号に値すると認められる可能性があったのだ。

でも法学部には全くそういうのはなしという感じ。

でも、基本に忠実に言われたことをやってみる、我が強くてそういうことが出来なかった拙者だからこそ、これも一つの修練なのである。

案外年をとって素直になったし、視野が広い分、柔軟にモノを受け入れられるようになったようだ。

とりあえず、優等生的アプローチだが、基本に忠実に学習は進めるつもりである。

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2009年5月22日 (金)

マスクもいい加減シラけてきた

それにしても、インフルエンザ騒動、段々バカバカしくなってきた。

ニュースをつければこの話ばっかり。思ったほど大したことないくせに、過剰反応だと思う。

いまや流行の総本山のNYなどは、全くと言っていいほど話題にもなっていないらしい。過剰反応しているのは日本人ぐらいのようだ。むしろ、向こうでマスクしていると”感染者”だと間違われるらしい。要するにその方がかなり怪しい目で見られるということ。

最初は関西ではやりだして、それでもしばらくこんなにウジャウジャ人がいる東京で感染者が出なかったから、冗談抜きで関西弁しゃべる奴しか感染しないウィルスなのかと思っていた。

拙者の会社では、研修などでたまたま100人ほど社員が集まったときは、全員マスク着用でないと大会議室に入れないなどというマヌケなことにまでなった。ずらりとマスクをつけた人間が集まっている様はなかなかシュールなものがある。是非写真に撮っておきたかったくらい。それだけで十分報道写真になったと思う。

マスクはどこ行っても完売になっている一方、もう会社でもそこいらじゅうにアルコール消毒液が置かれ、マスクを捨てる専用のゴミ箱まで設置された。拙者の自宅にも玄関のところに一応は置いてみた。だが、ムダだったようだ。

週明けからは毎朝検温をして、携帯で入力できる会社の安否確認システムで「熱ありません。出社します。」と入力してから会社に来いということらしい。アホくさ。

37.5度以上あると自宅待機らしいので、仮病の定番わざと体温計こすってサボってやろうかと思ったほどだ。そんな体温、ちょっとした拍子に軽く突破してしまいそうだが。。。

今日あたりは、心なしか電車に乗っていてもマスクを付けている人が減ったような気がする。なーんだ弱毒性じゃないか、普通の風邪と一緒だろという感じになりつつあるような気がした。なんだか、付けている方が神経質な人みたいに思われそうで、ちょっと嫌だったりした。

マスク付けていてだんだんシラけてきたのだが、拙者はこの時期が本来の花粉症だったりするので、この騒動が収まっても付けていた方がいいので、困ったもんである。

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2009年5月16日 (土)

拙者流 最近の本の調達法

最近、地元図書館の活用が本当に増えた。学生やっていると、本が必要なのだが購入したくてもカネがない。なので、必然的にそうなる。

大量に必要な参考文献も、図書館で借りたり、Amazonで中古本を購入したりして賄っている。Amazonだと、1円+送料といったありがたい古本にかなりの頻度で遭遇する。これまではある大手書店のネット販売を使っていたが、新品だけなのでやめた。断然高くつくからである。

その前に、図書館で実際に借りたり、書店で読んだりして自分に合った(読みやすい)本かを見極める。実際にレポートを書いたり、要約をノートしたりする中で、何回か読み込みを行なう中で、噛めば噛むほど味がある名著というのは専門書でも必ずある。同じ分野で大先生たちの著書を読み比べをしてみると、非常に面白い。

そうした中で不朽の名著と思われるものや一家に一冊あってもいいというものは新品でも購入するが、そこにまで至らないなというものは、図書館で借りるか割安な中古本を探す。

中古の本は、本の中身もさることながら、コピー代との兼ね合いで”割安”と判断したら躊躇なく購入することにしている。実際そういう掘り出し物がネットでしばしば見つかる。さながら、株のネット取引のような感じだ。目をつけた本や指定の教科書を登録し、時々時価と出物をチェックする。本の状態、出版年の新しいものか、といったことを確認して、掘り出し物が出たら即発注だ。家だろうが、会社だろうがどこでも出来るのがすごい。

本の選定は、大学のシラバス(講義要項)で大枠を決め、図書館の蔵書検索HPとAmazonのHPをにらめっこしながら、図書館で借りるものはネットから即予約、Amazonは類書等も表示されるので、それを図書館で予約して借りてみたり、実にかつてない情報量で探す手間も最小限で、時間も効率的に使える。

ところで、拙者は自分の所有する本(それも蔵書にしてもいいと思う本)だと読みながら線を引いていってしまうやり方をするのだが、単なる参考文献だとそこまではしないので、読み終わった本は基本的に地元の図書館に”還元”と称して寄付することにしている。今回も無事単位が取得できたものについては、その参考書はそうしようと思っている。そういう本は、図書館にも所蔵されていないから買ったものがほとんどであるので、いずれ拙者と同じ道を歩く人へのプレゼントと思って寄付するのである。何となく気持ちがいいばかりか、家の本棚のスペースにも余裕が出来、一石二鳥である。

とはいえ、例えば1円とか100円プラス送料で調達した我らがコ●セツの古本とかを、”布教活動”と称して、地元図書館に大量に送り込む野心的なプランも実施の予定である。もちろん、何でも置いてくれるわけではないので、図書館の職員が置くと決めてくれないと意味がないが。。。

いずれにしても、ネットで蔵書検索したら、寄付した本がリストにずらりというのが密かな楽しみなのである。

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2009年5月10日 (日)

名物先生

しかし、改めて学生をやっていての醍醐味は、名物先生というのがどこの学校にもいるということである。拙者はそういう先生の講義はその学校に在学したという記念というか、一つのネタとして必ず出るようにしている。

名物先生というのは大抵は、メチャクチャ怖い、厳しいというのがほとんどで、学生たちから恐れられているということが多いようだ。もちろん、成績が甘いとか、講義が面白いというケースもあるだろう。

拙者の学部時代、大学院時代にもこういう先生がいた。学生は畏敬の念を持って、たいていはあだ名がついていたり、通称を付けたりするものである。

KO出身者なら知っていると思うが、コバ●ツとあだ名される名物先生、(朝生(テレビ)でたまに出ていて、憲法分野の教授にしては政治発言が多く、極めてユニーク)がいて、国会議員などにもその門下生がいるが、その人の厳しさと言ったら半端でない。とにかく礼節を重んじる教授法である。

http://www.j-cast.com/2008/11/14030404.html

出欠はもちろん、飲食、講義中の入退室は厳禁。遅刻でもしようものなら、大声で怒鳴りつけられ、即刻退場である。寝ていても注意されるし、講義が終わるなと思って本やノートを片付けようものなら、それも許されない。久しぶりに見た、シーンとなった実に緊張感のある世界、空間である。でも、講義には惹きつけられる。

講義を受ける学生たるものの姿勢として、こういうのは本来当たり前なのだ。

しかし、コ●セツの言っていること(マナー)はもっともなことで、筋が通っているので、なーんも言えねえというのは事実だ。それにしても、これを聞かないのは”モグリ”という噂の伝説の講義を聞けて、よかった。ちなみに、傍から見れば主張は極端だが、拙者の考え方にも近く、拙者的には違和感はなかった。

ひるがえって、帰りの電車の中を見回すと、平気で飲食をしたり、ドア付近に座り込んだり、うるさかったり、いろいろな迷惑行為が散見されるものだが、最近では職場でも学校でもそうだが、どんなにマナーや態度が悪かったりしても、注意も出来ない上司や先生、そして環境がある。

しかし、勇気を振り絞って主張すべきなのだろう。「お前は間違っている!」と。

そういう信念やポリシーをもって、事にあたる、時には人と対峙する。そういう骨のある人がいなくなったものだ。

(最後に関係ないが一言)

拙者たちが大学生だった頃、先生の講義情報はガリ版で印刷された先輩からの情報紙が頼りだった。今時はインターネットでそういう情報が流布しているから、非常に助かる。本当に隔世の感がある。

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2009年5月 5日 (火)

連休はあるけれど

この連休、いかがお過ごしでしょうか?

休みはありがたいが、どっかの国と違って、埋蔵金はおろか、どう財布をひねっても補正予算も出ないのであまり出かけることもなかった。近所でもその気になれば十分楽しめるし。

この連休を使って、資格取得の勉強をする人も多いらしいが、まあ拙者もそれに近いものがあるか。

最近思うのだが、資格を取ればリストラを勝ち残れるというのは全くの幻想だと思う。例えば資格試験の最高峰の一つである司法試験を受かって弁護士になったとしよう。初任給(年俸)は500万円ほどである。

司法試験受験のためのロースクール(私立)の授業料200万円(毎年)、その後の司法修習(その間、仕事も出来ない)を経てやっとなっても、これでは全く割が合わないというものだ。

どうしてもなりたければなればいいが、機会損失というものを考えてみて欲しい。その昔、どうみても才能がない拙者がそういうのを目指すのをやめた理由はそこにある。時間をかけて努力賞でようやくなっても意味がない気がしたのだ。あれから約20年。大いなるアマチュアを目指して新たな一歩を踏み出した拙者である。

拙者の知っている敏腕弁護士は例外なく大学在学中か現役で司法試験に合格するかしている。センスが重要なのだ。早くデビューすれば実務経験のリードタイムというアドバンテージがある。そもそも地頭&センスが違うから、その後の法改正のキャッチアップや一生続けなければならない勉強を継続できる力があるのだ。

他のものにもいえるが、資格を取ったはいいが、それはそれでしかない。当該分野の実務経験を積んでようやく一人前なのだ。いきなり開業なんて、やっぱりありえない。それに、拙者は改めて法律を学んで気づいたことだが、資格試験で要求されている知識はほんの一部でしかないので、実務ではあまり役に立たないと思う。それに、しばらく使わないで放って置いたら全部忘れているだろう。それほどまでに法律は奥が深いし、難しい。

要するにオジサンが一念発起して資格を取ったところで、それでメシを食うなんてことは非常に難しいということ。反論として別に資格を元に開業するんでなく、有資格者として”社内エリート”を目指すのだという答えが返ってくるかもしれない。皮肉を言うようで恐縮だが、資格があるからといって勤めている会社がそれを評価したり認めたりするかというと、そうでもないと思う。

拙者の周りにも、米国の超名門ロースクールに留学して弁護士資格を持っている人はけっこういるが、その額面通り勝ち組かというと必ずしもそうでもない。拙者的にはそういうアカデミックな香りのする人たちは個人的には好きなのだが、社内ではというと、結構そういう人とは対極のパッパラパーのオヤジが威張っていたりするものだ。組織とはそんなものである。

それに出世しているオジサンは、そもそも平日夜も接待宴席、休みも接待ゴルフとかで忙しく、まず勉強していることは稀である。

資格を取ったら、突然人事考課が上がるようにも思えないし、いきなり抜擢人事が起こるようにも思えない。最近思うのだが、会社での出世とかって”出来レース”なのではという気がしてならない。

あ、オレってコースから外れてるかもと思ったら、無駄な抵抗はさっさとやめて、テキトーに生きることをお勧めしたい。”学問ノススメ”ならぬ”テキトーのススメ”である。

どうせ一念発起するなら、若いうちにやっておくべきだったのだ。今ごろ一念発起したあなた、若い頃何をやっていましたか?ジジイになっても学ぶことには大いに敬意を表したいが、人の事いえないがそれは所詮ボケ防止の”脳トレ”でしかない。サラリーマンはサラリーマンらしく、組織での栄達を目指すべきで、それが無理でも切れられない”社内政治力”を身に付けた方がいいし、手っ取り早い。

とかいっているくせに、それをほとんど実践していないのがこれまた拙者で、それさえもかなぐり捨てて、趣味の世界に入っている。リストラされないためにとか、仕事で役に立てようというより、純粋に自分のための学びなのだ。

やってみると、結構大変なのだが、妙なプレッシャーもなく、とにかく楽しめる。学部生の勉強って、こんなに大変だったかなと思うほどである。拙者のやっていることは、資格試験の勉強と違って、無駄も多く、実に遠回りだが、本質を突き詰める作業をやっているので、その代わり少しでも付け焼刃にならないよう、心掛けている。

GWもあまりやることもないので、1つか2つのテーマに絞り、それに集中している。それでも自分で自分に課したノルマ達成はおぼつかないほどだ。でも、今日明日で出来るところまで追い込むつもりである。

何だか、(資格試験勉強のオジサンを)けなしてしまったが、学ぶことは素晴らしい。もちろん、やらない人よりは大いに尊敬すべきである。

拙者は、若い頃からあれもやりたい、これもやりたいという思いが強く、結構普通の人よりそんな贅沢なわがままを幸運にも実践できていたが、それでもやり足りないことがあって、あれもやっておけばよかったなどと後悔することがある。

人生、複々線だったらいいのだが、(どっかの大河ドラマのセリフではないが)所詮は一本道。理想と現実の折り合いをつけながら、いかに”いい”生き方をするか、これは実に難しいテーマである。

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2009年4月26日 (日)

現代の蔭位の制

最近、法制史の勉強の必要から日本史(中古まで)をもう一度おさらいした。

子どもの頃から日本史マニアを標榜していた拙者は、山川出版社の日本史用語集なども暗記したと豪語するほどだったのだが、改めて勉強しなおすと実に懐かしい日本史用語の数々に「こんなのあったなあ」などといちいち感心していた次第である。

そんな中、目に付いたのが「蔭位の制」というやつである。これで思い出したのだが、最近規制が論議されている国会議員のいわば世襲問題である。

世襲を規制しようという動きが一部あるわけだが、今の国会議員のほとんどがそういった世襲(二世など)かそれに準ずる人たちである。

もちろん、そういった議員の抵抗を待つまでもなく、憲法の職業選択の自由にも抵触するから、そんな法律出来るわけもないのだが、心情的には非常に分かる内容だ。

家で勉強をしていたら、ちょうど夕方のニュース番組でこのことをやっていた。国会議員の力の源泉は「地盤 看板 カバン(カネ)」だと、中学生でも分かるような話をしていた。

しかも、インタビューをしたところで、国会議員は世襲反対に決まっている。当選したのは自分の実力だといわんばかりの人もいる。

だったらこうしてはどうだろう。もちろん、親とか親族が議員で後を継ぎたいのであれば選挙に出ればいい。ただし、親や親族が出た選挙区から出馬することは規制する。これでどうだ。

本当に実力があるなり、自分の政治理念が民に受け入れられるというのなら、何も親の地盤でなくても当選出来るはずである。是非、世襲や二世議員といわれるのが嫌だったら、落下傘で関係のないところに降りて、そこから出馬してもらいたい。

要するに、「地盤 看板 カバン」なしのガチンコバトルを勝ち抜いて来い!と言いたいのだ。それなら文句はない。

そうでなかったら、やっぱり所詮はひ弱なお坊ちゃま、お嬢ちゃまだったね、ということで。

この国の行く末を担う人間たるもの、そういう骨太の人材を一国民として要求したい。

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2009年4月23日 (木)

バイタリティのなさに辟易

それにしても、この閉塞感、どうにかして欲しいものだ。

拙者の同業他社も全く案件がないらしく、開店休業状態だという。自分だけが一人負けでないようなので、まあよかった。

しかし、この暇なタイミングを縫って絶妙なタイミングで勉強が出来て、本当にラッキーだなと思う。

しかし最近の若者(何ていうとオヤジ臭いが)、本当にバイタリティのなさが目に付く。これは前日のジンジ面接でも感じたところだが、この国結構やばいんじゃないかなと思う。

草食とか言っているが、全くとんでもない話で、拙者が肉食獣過ぎるのかもしれないが、あまりに見ていられなくて目を覆いたくなる状況である。

もちろん若者だけの問題ではない。これだけ日本に閉塞感が漂っているのは、リスクを取って命がけで物事に挑む気概や、勇気、度胸が日本人の多くにないからだ。

とにかく目的がないからやる気も出ない、何となく生活出来ちゃうから無理して高望みもしない。もうそういうのが蔓延してしまっているのだ。

拙者の職場もそうだ。全てが受身で、はっきり言ってどうしようもない連中しか残っていない。これではいい仕事は出来ない。

もう少し欲張りな人間がいてもいいのだが、これが全然いないのである。

拙者もそういう連中の中で、ややもすると押し流されそうになるが、強制的にやることを作ってそれに没頭することでかろうじてそうならないでいる。

こんな国で子どもは教育したくないと思う。仮に”いい大学”を出たところで、所詮国力の衰えた国の企業に就職しても何もいいことないからだ。おまけにその優秀とされる大学の学生の実力も、昔に比べれば完璧に去勢されていてまあ大したことないのが実態である。少なくとも拙者たちの頃以下であることは間違いない。

そう考えると、やれお受験だとかって騒いでいる親たちの目指しているものがフィクションに思えてくる。

ガキをエスカレーターで楽させようなんて思うなっての。誤解を恐れずに言えば、多くの場合、弛緩しきったクズが量産されるだけである。結局楽なことをいいことに安きに流されてサボってしまって自分の力で知識も獲得しなければ、全てが受身でやりたいことも見つけられず、何も考えないまま社会に送り出されてしまう。

こんな時代だからこそ、谷底に突き落としてそこから這い上がる根性を身に付けさせるべきなのだ。

次世代を担う子どもたちには、いかに生きるか、目標を高く掲げてがんばることの素晴らしさを教え、心底理解させなければ、この国には未来はないなということを痛切に感じるのである。

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2009年4月15日 (水)

図書館&資料探し

最近は、やはり学校の勉学等にエネルギーが取られて、このブログもなかなか書けないでいる。まあ、あまりネタもなかったのも事実だが・・・。

というわけで、働きながら学問をということで、いつもキャンパスに行ける訳ではない。おまけにこれ以上金もないから、本も極力図書館で借りる対応を余儀なくされる。

そこで最近やっているのが図書館探しである。職場から近く、ちょっと行って帰ってこれるのが理想だが、そうなると自ずと限られてくる。

ここ数日で、港区と千代田区の図書館に行った。貸し出しカードも作ったのもいうまでもない。

が、やはりというか専門課程のレベルの専門書が少なく、せいぜい法制史というほとんど歴史の授業という超マイナーな科目にかろうじて対応するぐらいの資料しかかき集められなかった。

これはキャンパスに行ったときに必ず寄って利用するか、もっと会社に近い別の大学の図書館を利用するしかないかと思った。

拙者の住んでいる沿線には、あの日本の最高学府があるので、そこの図書館に行けばいいかと思ったが、他大学の学生は紹介状がいるうえ、土日は使えないときて、それじゃあ意味ないとがっかりさせられた。

勉強できる時間は非常に制約されるが、モチベーションは高いうえ、大学院時代の様々な学習ノウハウが活かせて、同じ学部生でも20年近く前の大学生のときとは全く大違いである。

法制史のような、いかにも眠そうで誰も見向きもしない超マイナーな科目さえ、教養として面白いと思ってしまうのだから困ったものである。テキストは約2日でざっとではあるが読破。いずれ提出するであろうレポートに備え、様々な構想が浮かび上がる。

だが、それにしてもその構想を充足する参考文献がないのなんのってこれには参った。笑えるのが教授が勧める参考書は既に絶版。いかにこの分野の研究の後継者がいなく、出版社も採算が合わないかが見て取れる。仕方がないので、アマゾンで古本を探してようやく手に入れた。それ以外はあまり参考にならなそう。

該当分野もウィキペディアで調べたら、それはそれは素晴らしい解説があるのだが、そんなのパクったら一撃でバレるから、それだけはNGだ。これも拙者の大学時代とは様変わりである。情報量が圧倒的に違う。一応、関連の資料はプリントアウトして手元には持っているが、影響を受けないようにあまり見ないようにしている。

独力で完成させるのは、これは”訓練”の一環なのだ。ゆるぎないホンモノの知識を身に付ける、そのためにわざわざ入り直したのだといつも心に言い聞かせている。

仕事のことに加え、そういうことを四六時中考えるのは実に疲れるのだが、少々骨の折れるお題に取り組むことや新しいことを学ぶことはやっぱり楽しいなと思う今日この頃である。

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2009年4月 5日 (日)

逗子・鎌倉裏道散歩

Photo 逗子から鎌倉にかけて徒歩で散策しながら、満開の桜を出会い頭で撮影してみた。ちょっと見にくいが拙者が歩いた大体のエリアを左の地図に示した。

天気というより気候もよく、散策にはちょうどいい1日だった。

また花見の最盛期であり、鎌倉のメジャーなスポットを行けば人だかりだろうということで、そういう場所を避け、裏道をひたすら歩くという散歩にしてみた。実際、ほとんど混雑に当たることはなく、ひさびさにゆっくりとした散策が出来た。

まずは横須賀線の逗子駅に降り立った。逗子は以前横浜に住んでいたときは車でよく来ていたが、いつも通り過ぎるだけで駅に降りたのは久しぶりのことだ。

今回散策を思い立ったのは、よくよくじっくり歩いたことがないこの街を道端で気まぐれに出会った桜を撮りながら行ってみようという全くの思いつきからだ。

大体どこを歩いたかをはっきりとは覚えていないことが多いので、今回は新兵器ソニー製GPS機器を携帯した。このGPSレコーダーを使えば、歩いたコースを記録し、グーグルマップ上にプロットしてくれるという優れものである。

しかも、撮った写真の記録時間とGPSが記録した位置及び時間データをマッチングさせ、地図上にどこを撮影したかを表示することが出来るのだ。これを使うと何が嬉しいかというと、初めての場所でもどこを撮影したかが一目瞭然で、次回以降のお気に入りの撮影ポイントを正確に把握することができるのだ。ちなみに、全世界で使えるため、旅行の記録作りにも大いに役に立つアイテムである。

まずは逗子の駅から海岸に向かって歩く。途中、昔からの住宅街が立ち並ぶ。海岸に出ると、そこはウインドサーフィンのメッカである。ごくたまに桜貝とかが打ち上げられているので、何かきれいな貝でも落ちていないかななどと下を見ながら、披露山公園を目指す。

国道134号をまたぎ、海岸から一転、うっそうとしたちょっとした山道のようなハイキングコースを登っていく。ゆっくり歩いて15分も登れば披露山公園に出る。

ここの桜は、まだ満開には至っていなかった。そこそこ人も来ていて、お花見モードではある。拙者も買ってきたお弁当を広げ、しばし花見を兼ねて休憩を取った。

昼食後、披露山庭園住宅と呼ばれる高級住宅街を抜け、一転漁村の裏路地を抜けて小坪漁港方向へ抜けるルートをとった。

披露山住宅はあのソリマチなんとかとマツシマなんとか夫妻も居を構えるところで、広大な敷地にそれこそ豪邸がそこかしこに建っている。ただ、かなり老朽化が進んでいるものも多く、空き家や空き地になっていたりしているものも一部あった。しかしホンモノの金持ちが住むエリアであることは間違いない。拙者たちのようなサラリーマンにとっては、学校や買い物もかなり不便そうだし、とにかくあまりに不便な場所で、ご隠居向きである。

そこを抜けると、今度は180度世界が変わったような生活感漂いまくりの漁村のウラ路地風景が展開される。このギャップはものすごいものがある。曲がりくねった細い路地の坂を下りながら、漁港方面へ向かう。途中、鎮守様のような小さな神社などがあり、ネコが昼寝していたりとのんびりした風景が続く。

070203_13450001 ひたすら下って行くと、以前このブログでも紹介したゆうき食堂の真ん前に出た。例によって、うまい魚とリーズナブルな定食を求め、行列が出来ていた。

拙者的には、披露山から下って来て、まさかここに出るのかという新鮮な驚きがあった。

今度は、逗子マリーナの脇から鎌倉の材木座方面に海沿いを抜ける。

しばらく歩くと、光明寺というお寺の前に着いた。

ここは、鎌倉駅からやや離れているため、人も比較的少ない。圧巻だったのは、まさに満開の素晴らしい桜だった。

早速、持ってきたキヤノンEOS kissデジタルXで撮りまくる。うす曇だったが、晴れた場合と違い光が柔らかくなるので、桜の撮影には白飛びさせず落着いた感じに撮れるのでかえって好都合だ。

空は白く曇っているのと歩いている花見客を入れないよう、タイミングに留意したり画面の上と下を切るようにして、とにかく主題にフォーカスして撮影するよう心掛けた。

とにかくここの桜は素晴らしく、いい写真がたくさん撮れた。来てよかったなあと思った瞬間である。その写真は、こことは別にやっている写真だけのフォトブログにも近いうちに掲載する予定である。

材木座の裏路地を北上しながら、鎌倉駅を目指す。途中にあるお寺や神社、邸宅の桜や風景を撮影しながら、そぞろ歩きを続ける。花見客もまばらで、有意義な時間を過ごせた。

最後に立ち寄ったのが、鎌倉駅近くの本覚寺である。もう日が傾きかけていたので、撮影には不向きであったが、そこを抜けて駅に出て、今日の散歩を終えた。

今回行った場所は、車で通りかかるのだがその程度で済ませていたような場所を一つ一つ実際に訪ねてみる小さな旅でちょっとした発見があった。

また、時間を見つけてこんな旅をして見たいなと思った次第である。

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2009年4月 2日 (木)

いい経験になりました

前々回に書いた件、人生初で面接をやらせてもらいました。

いやあ、参考になったね。会社の側から見たジンジの裏側ってこうなっているのかと。

全くの偶然でランダムに割り当てられる対象者。相性もあるから、採られる側からすればこれは運以外の何物でもない。

朝っぱらから、11人を面接した。姿勢を正していたせいもあり、こっちまで緊張していたのか、すごい肩が凝って疲れた。1回につき約30分、1対1である。

そのうち半分が、KO大学の経済学部生。他の学部はいないのかよ、と正直思ったが、たまたま拙者には当たらなかった。

次に多かったのが東大法学部の2人。

最初に面接したのは、その東大の学生だった。訥弁で対人折衝にはあまり向かなかったが、考え方が論理的だし、緻密な性格だなという印象が感じられ、フロントには出せないが契約書とかドキュメントなどの担当にはいいのではということで、上へ推薦するようコメントした。

この彼については評価が二分していて、訥弁の時点でアウトという人と、それ以外の見所を主張する人に分かれていた。ジンジ担当もそれを分かっていて、様々な意見を聞こうとしていたようだ。

まあ、一般的なハキハキしていて高感度の学生が常に勝つとは限らないという、自分では予想していなかった評価の付け方に自分でも驚いた。

次に来たのが拙者が本日の最高評価を付けたKOの学生さんだった。まず印象に残っているのが、全身から発散されるポジティブな”気”だ。この時点で、勝ったも同然だ。

これはそのときだけ取り繕ってもバレるものである。普段からそうでないと単なる違和感になる。

ちなみに、拙者の重視したポイントは次の通り。

①なぜ、金融機関に就職を希望するのか?
②なぜ他社でなく弊社なのか?
③具体的に何をやりたいのか?そう思ったきっかけは?強い動機付けがあるか?
④やる気全般とストレス耐性
⑤長い下積みに耐える持久力、忍耐力を持ち合わせているか?そうなっても腐ったり、ケツまくらないか?
⑥胡散臭い印象や狡猾な印象がなく、誠実な人柄か?
⑦ポジティブな性格か?
⑧社風に合うか
⑨説明がロジカルで破綻がないか?

そんなところである。最も重視したのが②と③で、これに納得感があるようロジカルに答えられるかでほとんど判断した。要はどうしてもこの業界で働きたいという熱意が人によって温度差がありすぎるのである。

無意識のつもりで、実は結構意識していたのが⑧であった。こんな奴が職場にいたら嫌だなというのは、優秀でも排除していた。こういうのは何となく醸成される社員間のコンセンサスのようなものがあって、結果的にある種の傾向の人材が集まって、社風というものが形作られるのだなと、拙者もはたと気がつかされた次第である。

一方で、学業成績はさほど重視しなかった。むしろ、成績が普通ないしは悪いぐらいの方がユニークな人が多いような気がした。実際、そんなもの実社会で仕事できるかとは全くと言っていいほど関係ないからだ。

要領が良さそうで、調子がいいのも不採用にした。やっていて思ったのが、他社と二股かけているのは分かるものだな、と。

そういう意味では、訪問している会社の業種や企業名のばらつきとかにも注視、質問を浴びせ反応や言動を確認した。全然関係ない業種でいわゆる学生に人気の企業が入っていたりしたら要注意だ。

いくら就活モードでいても、自分はアタマがいいと思っていたり、プライドが高そうな奴にはそれを鼻にかけた微妙な言動にそれが見え隠れするのもよく分かった。後になってよく見ると、他の面接コメントでも指摘されたりしているから面白い。やっぱり、そういうのは出るんだなと。

あと全体的に見て、KOの学生さんは評価が高い。とにかくバランス感覚が他校の学生とは違うのだ。よくその手の特集記事でも見かけるが、これは校風のようなものなのだろう。多くの場合、勉強もちゃんとやっていて、それでいて社交性も備わっている。印象が俄然いいのである。

今回拙者は3人の学生さんを選んだが、もう一人もKOの学生だった。その人は一風変わっていて、やや地味で老成した印象。論語や陽明学が好きだというから驚いたが、ウケ狙いでなくそういう思想が板についていて、長い下積みにも耐える忍耐強さがあると判断したためだ。この業界、実務はむしろ地味で決して派手な世界ではないのである。学校の成績はよくなかったが、別に学生時代に打ち込んでいることがあって、その分疎かになっていたのだと思ったが、それはそれでいいかなと思ったのだ。

残りの学生さんは、②③の動機付けが不十分、自分のやりたいことをやれなかったら辞めそうだなという理由で、評価のランクを下げた。

それにしても、行きたいという部署が1人を除いて全員同じ、弊社を志願する理由も判で押したように同じ、この業界に入りたい理由もほとんどが同じで、全般にユニークな答えは期待できなかった。何でこうなるのかは不思議だった。

それと、拙者の学生時代は、少なくとも欲張りな拙者は「あれもやりました、これもやりました」と言い切れないくらいいろいろなことをやったものだが、今時の学生さんは案外淡白なのか、割と一つか二つのことに専念していて、それ以外のことはあまりやっていないということに非常に驚かされた。アピールするポイントというか、ネタが少ないのである。

やりすぎてもアピールが拡散するが、悪い見方をすれば経験値に乏しく、視野が狭いということにもなるのである。

ド素人面接官なので、社の公式スタンスにも程遠く、傾向と対策の参考にもならないが、拙者はそうやって一日仕事をこなした次第である。

まあ、そんなところだが、自分にとっても非常に為になった一日であった。

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2009年3月27日 (金)

サクラサク

この四月から、また学生をやることとなった。このブログでの予告どおり、法学部(法律学科)へ進学したのだ。

http://www.keio.ac.jp/ja/contents/college_song/1.html

まだやるのか、学校はもういいだろとかなり呆れられた。

周囲からは無謀との声もあったが、仕事もこの経済環境で暇なのと、会社からも便のいい都心にキャンパスがあること、”外回り”の利点を最大限駆使して、学ぼうというものだ。

一応、会社(上司)も公認。さすがにカネは出してくれないが、こんな好き勝手が許されてありがたい話である。アラフォーにして、キャンパスライフを満喫?粋でないかい。若いのには負けないぜ。

問題は、本当に通いとおせるかという問題だが、今のところ気合は十分。必ずや、やってみせる。いつも無謀をやって見せるのが、拙者のやり方だ。

その昔、挫折したことがあるため、勉強法はそれなりに研究した。時間がない分、効率的にやらなくてはならないのだ。

学費もそうだが、書籍代もかかるので、しばらくはこれで遊びにも行けない。学費は株価が何分の一になって完全に死んでいたクソ株を損切って捻出した。さっさと金を回収して、自分に投資すればその大損で失ったカネがあったとしても、気持ちの上でも有意義にも感じるだろうし、長い目で見て取り返せると思ったからだ。

久しぶりに六法も購入。自分に合っている文献も吟味して購入。アマゾンで買ったものが順次家に届き始まったので、早速予習を始めようと思っているところである。

有名な先生の本だからと言うのではなく、今回は自分にあった本という観点で選んでみました。読みやすい、本そのもののページのめくりやすさや手触り感、そんなことも重視してみた。フィーリング重視の選択法である。

かつては司法試験受験生が基本書にしていたものなどという基準で、読みにくいものを無理してやったものだが、今回はやめてみた。

さすがに下駄は履かせてもらったが、数年かかるかもしれない。せっかくなので”オトナの学び”を満喫したいと思っている。

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2009年3月24日 (火)

拙者に採用やらせていいのか?

拙者、このたび採用面接をやることになった。今から楽しみでしょうがない。

今時の学生さんって、どんなんか見てみたいものだ。

今からどうしようかなあ、あんなこと聞いたり、こんなこと聞いたり、なんて考えていたりする。柄にもなく、志望動機とか、自己PRとかさせちゃうんだろうか(笑)。圧迫面接やっちゃおうかな、とか。マジで笑える。

「御社に入りたいです。」なんて言ってくる学生に、

「やめたほうがいいよ、こんな会社。人を大事にしないし、ろくな運命待ってないぞ。」とか、

「M&Aとかやりたいです。」とか言ってきたら、

「何も知らないくせに、そんなのすぐにお前に任せるわけねえだろ、何うぬぼれてんだバカ。」

なんて、平気で言っちまいそう。

挙句の果ては、

「○×の●●とかいう面接官、超ウザ」

なんて掲示板に書かれちゃったりして(笑)。

この業界では、地アタマも悪いよりはいいに越したことはないが、それ以上にガッツとホンモノのやる気、どんな理不尽にも耐える神経の図太さorポジティブさ、そして社会に出てからいろいろなことに興味を持って勉強を続けられる素質があるかが重要だと思っている。

どいつもこいつも、これまで採ってくるのは”規格外品”の線が細かったり、自分は頭がいいと思っている勘違いヤロウばかりなので、そういうのは片っ端から落とすつもりである。

特に”安定”などという拙者的NGワード使った奴は、即不合格である。公務員にでもなれっての。

いくつかの会社で、どう見ても”変人枠”で採用されてきたと自認する拙者のこと、攻めの採用でアグレッシブな人材を発掘したい。

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2009年3月17日 (火)

見栄の代償

最近、会社で人事異動が出た。

クビになった人もいれば、配置転換になった人、異動を希望したが受け入れられず残留になった人、様々である。

拙者は現時点では何もなしだ。

職場にいわゆるエリート君が多いと、何かとプライドやら見栄というものがあるようで、拙者からすると些細なことで見栄張ったり、つっぱったり、へこんだりしているのをよく見かける。

近くのA君(20代後半)は無情にも3月末をもって解雇だ。普通はこの業界ではクビあるいは辞めるとなるとすぐに会社に来なくなるのが通例である。

ところが、彼はずっと会社に出社してきている。周囲の連中の視線は冷たく、クビなのにまだ来ていると陰でいろいろと言われていたりするばかりか、まるでいないかのような扱いをする。見ていて痛々しい。

どうやら、彼は実家から通勤しているようなのだが、実は親には解雇になったことを言っていないようだ。結婚を考えているという年上の彼女にもだ。

そんなことをしたところで、いつかはバレるし、精神的にも辛いだけではないだろうか?拙者なら親にも彼女にも暴露して相談していただろう。その方がいろいろと気も休まると思うのだが。。。

求職活動もしているようだが、オフィスにいたのでは次の職場も見つかるまい。さっさと会社なんか出て職探しに専念すべきなのに、一体何を考えているのかと思ってしまう。

もう一人、同僚のB氏。彼はコンプレックスのかたまりである。

名門の麻布中・高と出たはいいが、大学は世間の想像に反して早稲田。これが結構コンプレックスになっているようだ。拙者みたいな雑草からすれば、十分うらやましいが、彼にとってはそうでもないようである。

その後、就職活動では見事リベンジを果たし、名門銀行に就職。ところが、そんなエリートがゴロゴロしているレベルの高い職場ではなぜか裏街道人生。仕事もいくつか変わったが、処遇はどこに行ってもパッとしない。いつしか、強烈なコンプレックスが高じて負のオーラを漂わすようになり、陰では「ゾンビ」のあだ名で呼ばれていたりする。

そんな彼が、閑職へ異動になった。実はかなり前の人事異動で既に行くことになっていたのだが、諸事情から組織改変が延期となり、比較的華のある現在の部署で起死回生を図るも、むなしく一度出された辞令は撤回されなかったのだった。

一時は、起死回生に燃える彼は、「ゾンビ復活か」と言われる勢いだったが、拙者の目には案件もないのにあるように装うカラ騒ぎにしか映らなかった。現実、そうだったようである。負のオーラの人には案件というものは来ないものなのである。

引導が渡される形で今回の人事異動が出て、それからというものでかい声で電話で話したり、賑々しくミーティングだと騒いだりといったカラ騒ぎはぱったりと止み、たまたま外交先からの帰りで会社の近くの道端ですれ違っても伏目がちで、完全にくたびれたオヤジといった風情で、視線も定まっていない感じである。見るからに負のオーラ全開といった感じである。

先日、たまたま雑談したときに、ある有名私立の幼稚園に娘さんを入れたばかりなのだという。年齢は拙者の一回り以上上だから、相当年食ってからのお子さんのようだ。お子さんがかわいいのは分かるが、このおっさんが定年過ぎてもお子さんは大学も出ないわけで、クソ高い私立の学費をそれでも払い続けるつもりなのだろうか?根っからの見栄っ張りのようである。

そんなわけで、まだまだがんばらなくてはいけないのに、会社は無情にも引導を渡すような処遇をする。実にサラリーマンの悲哀を感じる瞬間である。

でも、別に解雇されるわけではないのだから、ああそうですかとヘラヘラ適当にやればと拙者などは思うのだが、そうもいかないようだ。

拙者は、今の立場になって気楽なのは、全く出世とか世間体を捨てていることだ。理不尽な人事異動があったとしても、ああそうですかと受身で対応し、会社なんかでなく別のところにモチベーションの軸足を移していくことが出来る。そういう境地に達している。

早々にくだらない出世争いや権力争いから距離を置き、肩書きとかでなく、自分の成し遂げた仕事で人知れずレスペクトされる人になりたい、そういう”職人”になることを心に誓ってからは、サラリーマンがこんなに気楽で快適なものかと思えるようになったほどである。

むしろ、そんな適当に構えている方が、悪いようにはならないものらしい。いいことがあったら超ラッキー、一見悪いことがあっても人生万事塞翁が馬と考える。

タダでさえ疲れるこの世の中、つまらない見栄ごときでさらに疲れるような真似はしたくないものである。

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2009年3月13日 (金)

弱わっ・・・

先日、大学院のゼミのOB会に行ってきた。

大概は、もう来るメンバーも固定されてはいるものの、構成としては1/5ずつ大学の教員・研究者、自衛隊関係、公務員、そして残りの2/5が民間企業といった感じである。若干、大学教員が多い印象で、ひょっとすると2/5ぐらいいて、民間企業の人が少なかったかもしれない。

たまたま拙者の席の周りは、某軍事組織系の陸関係の少将・准将殿と、空関係の大佐殿という先輩に囲まれたため、そっち方面の話題が多かった。

なかなか興味深い話や一方で笑える話が多かったが、印象に残ったのが”パワハラ”問題だ。最近は軍事組織にもこういう問題があるそうだ。

そもそも上下関係がはっきりしていて、命令で人を動かす組織である関係上、そんなことを口に出すのはありえないと思うのだが、そういうことがあるそうである。

若い人はちょっと怒鳴られたり(叱られたり)、詰められるとすぐ辞めちゃったりするのは、同じだそうだが、今にそういうのを訴える奴が出てきそうな勢いという印象を持った。人材難なのでそういうのを上官が思いとどまらせようとなだめすかしたり、いろいろと大変なようである。

「そもそも命令で動いているんだから、それをパワハラといわれても困る」

という、信じられないお話だったが、この国はそこまで来たのかという思いだった。

それにこういうのもあるのだという。最近は女性の上官が増えてきているそうで、なんでも将官級もいるのだそうだ。

実際現場で、女性の上官に「男のくせに、こんなことも出来ないのか」と詰められてしまうといったケースも出てきており、問題になっているそうだ。

まあ、世の中には男勝りの人もいっぱいいるから、仕方がないとはいえ、確かにこう言われたら、伝統的価値観からすれば男としては全く立つ瀬がない。

まあ、ジェンダーとか問題にする人たちからすれば、そういうのは別に当たり前ということになるのでしょうが、何とも情けない話である。

拙者などは、どっかの小売業のキャッチフレーズではないが、別の意味でエブリデー・パワーハラスメントが当たり前の業界だったので、叱られる、詰められるは当たり前で何とも思わないが、全く耐性のない奴が増えているのは事実である。

自分の下にもそういう奴がいるのだが、ある時そいつに資料を作るよう指示したのだが、やりますといって引き受けて作業に入ったものの、期日であった翌朝までに仕上がっていないばかりか、出来ないということを報告しないので、徹底的に詰め倒した。

結局、資料はそのパートなしでごまかして何とか乗り切ったが、実に腹立たしかった。

たぶん拙者が、そういうもっと上の立場に立ったら、厳しいトレースを行う悪名高いパワハラオヤジとして君臨し、下の奴がパワハラだなんて訴えてきたり、一言でも言おうものなら、即座に切捨て御免にしてしまうことは間違いないだろう(笑)。

新撰組にも厳しい法度があったが、あれと同じようなものである。

拙者たちの業界にそんな軟弱な人は向かないし、そもそもいらないのである。引導を渡してやるのがその人のためだとさえ思う。

ハラスメントという言葉を振りかざして、組織の規律を奪うことにもなりかねない最近の趨勢は、正直いかがなものかと個人的には思うのである。

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2009年3月 2日 (月)

物事の成否を分けるもの

今日、昔前の会社でお世話になった人が役員に昇進されていた。

拙者は、珍しく自分のことのように嬉しく、祝電というのも堅苦しいので、メールでお祝いとお世話になった旨お礼の言葉を添えて送信した。

しばらくすると、すごく忙しい人なのに、メールが返ってきた。恐縮もしたが、この人らしくもあり、ああこの人のこういうところがお客さんの支持につながっているんだろうな、と思った。

この人は、とにかく目の前の事に本当に全力で取り組む人である。その一生懸命さといったら、これ以上ないというくらいなのだ。

拙者は、縁あって随分様々な案件でこの人と一緒に協働する機会に恵まれた。拙者がどんな形で仕事をしたかは拙者の思い出ということで詳しくは紹介しないが、その多くは成功に彩られているものがほとんどだ。

どんなに困難があっても逃げたりしない、そして常に自分の頭で考える。そしてお客さんのためにとことん奉仕する。別に出世願望があったわけでもなく、むしろ利他の精神にあふれていた。

結果的に、お客さんの評価も高まり、拙者も随分その恩恵にあずかったばかりか、仕事のやり方、案件執行の上でのいろいろな考え方を学んだ。

汗をかくことを厭わない姿勢がいい仕事の第一歩であることを胸に深く刻むこととなったものである。

それから時は流れ、あれから何年かの月日が経った。今、別の会社に移った拙者が見たものは唖然とする光景である。

今日、ある案件の提案書について、ミーティングがあった。ある項目について、Agendaにはなぜか「パクリを使用」と書かれている。

何をパクるのかと思っていたら、某東●大学という日本の最高学府を出たという担当者は、

「これをパクって、そのまま使ってください。」

とニヤニヤしながら悪びれもせず、パサッと拙者に資料を投げてきた。

見ると、拙者の古巣の彼らと同じ業務をやる部門の作った他社向け提案資料を投げてきたのだ。他社の作った資料をそのままパクれと言ってきたのだ。

拙者は、「こいつらにはこの仕事をするプライドってものがないのか!!お客をバカにしているのか!!」と腹の中が猛烈に煮えくり返ったが、一方で瞬間的にこんなことを平気でするこいつらに言っても仕方がないという諦めのような気分にもなり、「ああそうですか。」とあっさり流した。

当然、自分で考え、理解して作っていない資料など、人に説明できる訳がないから、全て却下する予定である。そうなったら、そんなもの蛇足以外の何物でもないので、突っ込まれたときに弱い。それに、その他社が同じものを出してきたら一体それを見た顧客はどう思うだろうか?この男はそんなことも分からないのである。

元々地頭が良かったのか知らないが、こんな思考停止の恥を知らない男、拙者は絶対に許せなかったのは言うまでもない。

そんないい加減な姿勢で臨む奴に案件など獲れるはずがない。獲ったとしても、どこかでそのいい加減さが露呈して、大事故や顧客とのトラブルになるのが関の山である。

いい加減な仕事をして、フィーは9桁ないと嫌ですなんて、不遜この上ない商売をやっている会社に将来はないなと思ったのは言うまでもない。こんなのが間違って会社の幹部になったら、本当に先が思いやられる。

ただ、最初の話に戻るが、真摯にやっている姿勢はきっと誰かが見ている。それが目に見える成功に結びつかなかったとしても、愚直に物事を手抜きなしに取り組む人間でありたいと拙者は思っている。

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2009年3月 1日 (日)

日本の現代史を学び直すいい契機

書こうと思って書いていなかったのが、白洲次郎の話だ。

ちょうど、NHKのドラマでもやっているので観た人もいるかもしれない。

書店などでは、これもあってか白洲次郎関係の本が並んでいて、まさにブームになるかといった雰囲気はある。早速拙者も読んでみた次第である。

それにしても、全てがかっこいい!かっこよすぎる!

これは、大河ドラマの直江兼続と並んでひょっとすると、はやるかもと内心思っているのだが、結果はいかに。。。

要するに、混迷する政治と自分のことしか考えていないバカ政治家、草食男子に代表される(やや古い世代の感覚からすれば)だらしない男ばかりの世の中にあって、骨のある日本の男がいない中で、まさに待望論から生まれたドラマなりブームなのだろう。

いずれも共通するのは、優れた頭脳が前提にはなっているものの、深い教養と洞察力を支えに自分の信念を貫き、相手が一般に強者と思われるものでも一切媚びることなく、自己の主張を堂々と行なう人物像である。

拙者もそうありたいと常々思っているところだが、まだまだそこへの道は険しい。

考えてみると、日本の教育現場においては、ちょうど日本史の授業では縄文時代から教え始まると大正以降あたりには学年末がやってきて、特に戦後史などは教えないから、このあたりの知識は意外に手薄だったりする。どうやって、日本国憲法が生まれ、日本が国際社会に復帰して行ったかということは極めて重要であるはずなのに、そこがほとんど日本人の意識の中から抜け落ちてしまっているのである。これは由々しき事態のはずである。

なので、動機がそんなかっこいい人がいたからというのはそもそもマヌケかもしれないが、これを機会に日本の現代史をもう一度学び直してみるのもいいと思った。

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2009年2月25日 (水)

インボーだあ!

唐突ですが、これは中学時代の同級生の口癖であった。

ちなみに、彼はクラス一の秀才。しかし、バカと天才紙一重の言葉どおり、彼の奇行がクラスの皆からからかわれる原因になっていた。

そして、からかわれると必ず口にしたのがこの言葉だったのだ。

ところで何の話かって?これからの話は例の”ロレツ”が回っていなかった中川前大臣の話である。あの事件を見ていて、なぜか思い出したのがこの拙者の同級生の口癖である。

それにしても思うのは、ちゃんと財務官僚の付き人がついていたにもかかわらず、あの失態。なぜ、こんな状態の大臣を記者会見の場に出したのか?

これはインボーとしか思えない。故意にやらねば、あそこまではならないだろう。普通は記者会見はそれこそ体調不良だのいろいろと理由をつけて延期するだろう。

(後で知ったのだが、同行した局長は中川氏の麻布の同級生だかでマブダチらしいが、それだけに意味不明)

この後、急速に円安が進んだのだが、穿った見方かもしれないが、まさにあの映像を世界に配信したのは、これは究極の為替介入ではと思った。拙者の考えすぎだろうか?

今の株式相場を考えれば、この円安は随分助けになっている。

もしこんなことを本気で考えて財務官僚が謀ったのだとしたら、日本のインテリジェンスも”なかなかやるでないか~い!”という感じである。

これが本当に中川大臣を更迭するための財務官僚の仕掛けた罠だったとしたら、もう他の大臣も外遊の際はハメを外すなんて出来なくなるだろう。いやはや、批判もなんのそのやはり官僚恐るべしというのを世間に見せ付けたのではないか?

それにしても、かねてより酒癖の悪さが知られていた中川氏のこと、彼だったからやられたのかもしれないが・・・。おまけに読●新聞の美人で巨●の記者とやらだけ優遇して二人っきりになっていたとかゴシップ雑誌やらタブロイド誌に書かれる始末。もう終わっています。

しかし、これで中川氏はヘタをすると選挙も落ちてしまうかもしれない。政治生命の危機だろう。

最近出版された佐藤優氏の「交渉術」という本を読んだ後だっただけに、ついそんなことを考えてしまったのだった。

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2009年2月14日 (土)

タダノさん

先日、別の部署の人からM&Aの売り案件の打診を受けた。買い手を見つけて欲しいというのである。

早速ミーティングを持ち、その概要について教えてもらうことになった。

我々は会社名を伏せて、案件名をコード名で呼ぶことが多い。今回は資料の表題にはコードネーム「アイスクリーム」(ここでは仮名)となっていた。

おもむろに持ち込んできた担当者が、実はこういう会社なんだけどと、どの会社か分かるページを開いて拙者に見せた。

まず、拙者の目に飛び込んできたのは、会社名より、社長名であった。驚いた。

「あっ、この会社は・・・。私知っていますよ。私が上場アドバイザーをやっていて断念した銘柄ですから・・・。」

「ははん、こういうことになった訳か・・・。」

と様々な思いがよぎった。

ある投資ファンドが株のほとんどを持っていて、exitを模索していた案件だった。しかし、この金融危機やら相場の崩壊、買い手企業の財布の紐が締まる中で、それを見つけるのは困難な状況だった。

「それなら話が早い!まさか、そんな関係浅からぬ人がいたとは思わなかったよ!」

とその担当者は急に頬が緩んだ。

「こんな銘柄を担当しているんですか(笑)。きっついすね、はっきり言って。」と拙者。

「社長からも、君頼んだよと言われてはり付けられちゃってさ。社長に会うたびに、あれどうなったって言われるんだよね。」「しかもさ、そこのファンドの保有銘柄、他のもよろしくって言われているんだ。」と担当者。

51e2bxgnxakl 「まるで、特命係長ですね(笑)。」

見ると残りの銘柄も売れ残ってシコッた案件ばかりである。ほうっておいたら、死んじゃうかもしれない。触るのやめとこ、と思ったのは言うまでもない。

しかし、冗談はそこそこに拙者は無情にもこう答える。

「これをexitさせるのは、はっきり言って無理だと思います。潰れたりはしないでしょうが、買い手にとっては正直決定的な魅力に欠けますから。。。そもそも(成長)ストーリ-が描けないでしょ。etc」

「詳しいね、君」と担当者。

「当たり前です。担当者として徹底的に調べて、内情含めて知っていますから。」

「たとえば、事業部ごとにバラして売却は出来ませんか?」と拙者。

「一体での売却を考えている。」と担当者。

「バラせば個別に買い手は見つかるでしょうが、一体だと事業領域が事業部ごとに異なるので、買った側が自分の事業と関係ないものまで抱え込むことになるのでシナジーが出ない可能性が高いですから、買い手にとっても買うためのロジックを構築しにくいと思います。オーナー系企業のオーナに刺しに行って運良く刺されば、といった感じではないでしょうか?買い手候補になりそうな同業とか関連のプレーヤーを思いつく限り考えてみても、まあ期待薄ですよね。」

とにかく、担当者からはこの会社に声をかけてみて欲しいというので、拙者はその会社のトップマネジメントに打診をしてみた。まあ、ほとんどダメ元だったわけだが、やはり予想通りの結果に終わった。

仕方なく、その担当者には「やっぱり、ダメでしたね・・・。」と伝える。

それからしばらくして、外交でたまたまあるホテルのレストランでランチを取ったときのこと。会計を済ませると、割引券を何枚かくれた。その中に、「アイスクリームサービス券」なるものが入っていた。

それを見た拙者は、ふと先日のコードネーム”アイスクリーム”の例の担当者を思い出す。

オフィスに戻ると、アシスタントにその担当者にこれを持って行ってと渡す。付箋には「Good Luck」と書き添えて。

「アイスクリームサービス券ですか?」と怪訝な彼女。

「うん、彼は”アイスクリーム”が大好きだからさ(笑)。」

しばらくしたら、例の担当者から電話がかかってきた。大笑いである。

「ひさびさに、こういうギャグをかまされたよ。」

しばらくして、彼の部署で異動があった。何となく気になって、彼の異動先をイントラで確認すると・・・。

「あっ!」と思って、目に飛び込んできたのが、肩書きである。

51e2bxgnxakl_2 「部門付 特命担当」

とカッコ書きになっていたのである。

フツー、名簿にカッコ書きで入れるかよ、そんなの(笑)。どう見たって怪しいじゃねえか(笑)。

笑っちゃいけないが、拙者はマジで笑ってしまった。だって、冗談のつもりで「特命係長みたいですね」って言ったのが本当になっていたからだ。

笑うところではないことは十分分かっていたが、しばらくおかしくて、仕事にならなかった。

Tokumei これで彼は名実ともに例の社長特命のシコッた銘柄を全部押し付けられてしまったのだろう(写真はイメージ)。サラリーマンとは実に残酷なものである。

以後、拙者の部下も彼のことを隠語で「特命係長」とか、「タダノさん」とかコードネームで呼ぶようになったのは言うまでもない。

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2009年2月 8日 (日)

幼稚園の先輩

昨日、中学以来の友人から彼が勤める会社のことで相談を受けた。経営状態が思わしくなく心配なので、財務状況についてあるだけの資料を基にコメントをしてくれないかということだった。

中学以来、連絡が途絶えたことのないその友人は、まさに親友というべき存在。そのぐらい自分のできることであれば力になってやろうということで、前日までに資料を事前にもらって深夜にそれを検討してみた。

財務的にはシンプルな構造だったが、ここ数年売上がジリ貧で、それゆえに経費も賄えない状況が続いており、このままだと倒れるのは明白だった。

それに、そんな状況が続いているにもかかわらず、会計士ではないので細かいことは分からないが、財務諸表が何となく妙で、ひょっとしたら粉飾さえやっていそうな感じだった。

その晩は、とにかく単に「お前の会社はダメだ」というのでは建設的でないということで、ない知恵を絞って、一応の解決策まできちんと提示すべく、いくつかの事例を踏まえて説明できるよう、準備した。労働組合だからといって、自分たちの目先の要求ばかりでなく、この局面においては経営陣と一緒に会社を立て直すということが必要だということを言いたかったのだ。

果たして当日、彼は労働組合の幹部の先輩と一緒に待ち合わせ場所に現れた。

ひとしきり説明した後、彼らは頭の整理が出来たようで、一応満足してもらえたようだった。本日の主旨をとりあえず終えて、その先輩という人と世間話になった。

そうしたら、偶然にも同じある東京郊外の私鉄沿線の街で同じ時期に育ったことが分かった。住所は、幼稚園は、と聞いていったら偶然にも近所でしかも幼稚園は一緒だった。1年違いで重なっていなかったが、もちろん同じ地区なので小学校も一緒で、当時の話で突如盛り上がり、話は全く違った展開になった。

拙者の育った街は、典型的な郊外の新興住宅地で、ホワイトカラーの比較的若い層の家族が多く住んだ街だった。その頃は高度成長期の真っ只中、大抵は一流企業に勤める30代の働き盛りの親と、今にして思えば心穏やかで幸せな暮らしだったなあということになった。

その先輩の住んでいたところは、当時時代の最先端をいく高級マンションで、そこに住んでいるということはある種のステータスであったのだが、お父様は国際線の機長だったとのことであった。なるほど、やっぱりな・・・。

一方、拙者の父親は、さえないメーカーの勤務であったが、周囲には一流企業の社宅が多く、そこの子弟が拙者の同級生であり、先輩後輩だったのだ。

親の学歴水準も高く、全体的に生活水準、教育、諸々がレベルの高い地域で、まだ地域の結束やコミュニティーもしっかりしていて、今では考えられないほど、いろいろな意味で豊かな生活をしていたと思う。

いろいろと話しているうちに、そういった幼少期の記憶がどっと甦ってきて、ある種のノスタルジーに浸ったものだった。

当時は、雇用不安とは全く無縁の世の中、お父さんたちもバリバリ働いていて、本当に勢いがあった。

そんな時代を知る人間が、今は自分の雇用の不安を抱えている。本当にいつからこんなことになってしまったのかと悲しい気分になった。

しかし、こういった状況を乗り越えて、新たな世の中を切り開いていくしかないのである。

また困ったことや、相談があったら、同郷の誼で遠慮なく言って下さいと言って、その日は親友と先輩とは別れたのだった。

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2009年1月26日 (月)

久々の衝撃

久々に衝撃の書に出会った。

中谷巌「資●主義はなぜ自壊したのか」である。検索エンジンで検索されるのを防ぐために●にしてあるが、ここには「本」が入るのは言うまでもない。

最近の異常な世の中、これを冷静に分析した名著(になりえる)であろう。行き過ぎたグローバル資本主義、新自由主義の破綻など近代経済学の大家である氏が自戒の念も込めて、書き下ろした本であるが、内容はここでは詳しくは書かないが是非一読を勧めたい。

驚くべきは、中谷氏自身の信奉してきた近代経済学の事実上の否定である。拙者的にはこれは衝撃だった。

この本を読んでいて思い出したことがある。拙者が大学院に入学したての頃だ。

拙者の学んだ大学院はまさにアメリカ的近代経済学研究が盛んな大学だった。文系的な経営学のようなあまり定性的な理論は褒められることがなく、統計学をベースとした計量経済学や数学など定量的な手法を駆使した研究が盛んで、そういうものこそが最高であるといった具合だった。

先生は皆、米国に留学し、博士号を取得した先生方で、思いっきり市場原理、自由競争こそが世の中の厚生を極大化するのだといった理屈が支配していた。それは拙者に言わせれば、ほとんど原理主義的なイデオロギーのようなものだった。

そもそも経営大学院なので、実務的なことがもう少しあるかと思ったら、結構どころか相当アカデミックで、最初は拙者の苦手な数学や統計学ばかりやらされ、さらにはそれを使ったコンピュータ解析など、本当についていくのがやっとで入学早々死にそうになった。

学部時代は専攻が全く違うので、経済学については大学時代は一般教養レベル以下の知識しかなかった。大学院に入るために一応は勉強したが、付け焼刃以外の何物でもなく、試験が終わった途端に全部忘れるありさまだった。

本格的に授業が始まり、経済学の授業が始まったときの拙者の最初の感想は、違和感の一言だった。

前提条件や仮定に基づき(これがものすごく胡散臭く感じた)、理論が展開されることもさることながら、自由競争という考え方にも拙者はなじめなかった。頭が悪すぎるのか、今だから言うが考え方を理解するのに、1年半ぐらいかかったから、マスターコースの修了間際までなじめなかったということだ。

ある授業で、こうした考え方について議論になったとき、当時、石油業界という規制業種出身の拙者が発言を求められたとき、拙者はこんなことを言った。

「規制を利用して、その企業が利益を極大化するのは本当に悪いことなのか?規制を参入障壁として利用して企業がいい思いをするのは、それはそれで立派な企業戦略ではないのか?」

と発言したところ、一体こいつは何てトンチンカンなことを言っているのだとばかりに、教授にボコボコにされたのを今でも覚えている。競争的でないマーケットなんて、とんでもないといった具合だった。

そのとき、なぜそれがいけないのか、拙者はいくら言われても理解が出来なかったのである。今にして思うと、当時はロジカルには説明できなかったが、その違和感はある意味で正しかったのかもしれない。

ちなみに、拙者は最終的にはその先生のゼミに入門し、修士号を取得しているのだから、皮肉としか言いようがない。

拙者のかつていた石油業界も、その後の規制緩和で古き良き時代は終焉を迎えた。利幅は自由競争で完全に失われ、元々はその厚かった利幅を前提に多数の雇用が創出されていたが、経済合理性の追求と競争激化に伴って事実上の無人店舗となる給油のセルフ化、そして窓拭きサービスやスタンドマンの道路への送り出しといった付加価値?サービスはすっかり見かけなくなってしまった。

行き過ぎた競争によって、ぺんぺん草も生えない全く魅力のない市場になってしまい、業界としても活力を失ってしまった。

今にして思えば、こういう言い方は失礼だが、ヤンキーや不良上がり、低学歴の人材でもああいったセクターで雇用が確保され、それなりの生活基盤を維持できていたのに、それさえもなくなってしまったのだ。

考えてみると、産業界ではそうなってしまった業界がほとんどではないだろうか?企業も活力がなくなれば、実業団などのスポーツや華やかな広告など、様々な文化的な面も一気に廃れてしまった。

経済理論では「非効率」と片付けられてしまうようなものも、かつてはいい意味で温存され、富の分配もそれなりに広くあまねく行なわれていたのである。

それが精神的にも”余裕”を生み出し、総じて満足度の高い平和な社会を生み出していたのである。

一転、全てにおける効率重視が格差を生み出し、スーパーリッチに代表される富裕層とワーキングプアに二極化し、一度後者に落ちたら個人の努力だけでは挽回できないほどの格差を生み出してしまったわけである。

そうした中で社会がすさみ、日本人の伝統的な価値観や優れた社会規範を破壊してしまった。どうやってそれらを再生すればいいのか、今のままだと皆目見当が付かない。

もう一つ衝撃だったのは、昨日NHKスペシャルでやっていた南アフリカの現状についてである。15年前までアパルトヘイトが存在し、黒人は差別の撤廃に向けて一枚岩だったはずの社会が、少数の富裕層と多数のワーキングプアに二極化し、様々な社会問題を引き起こしているという内容だった。

こうしたことが世界の至るところで起こっており、その行き着くところに何があるのか、今回はそういったことへの不透明感という重い問題を抱えてしまっていることを改めて感じた次第であった。

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2009年1月16日 (金)

早くから社長候補って?

今朝、日経新聞を読んでいたら、「み●ほFG3首脳4月交代」の記事があった。

どの新社長、頭取もなるべくしてなったのだろうが、それにしても新聞にまで「早くから社長候補の本命」と記事に書かれていたりして、そう書かれるあるいは言われるその根拠って一体何なんだろうと素朴な疑問を持った。食っているものでも違うのだろうか?(笑)

というのも、そういう会社にはほとんど同じ学歴の人が数百人とか同期でいて、前後の年次も合わせるととんでもない数の潜在的候補者がいるわけだが、なぜその人なのか?どうして、早くからそう見なされるのか、考えてみると不思議なものである。

で、早速、拙者は身近にいるその金融グループ出身者にインタビューして回った。

「早くから頭取候補とか、そういわれる人って何が違うんですかね?」

たまたまだと思うが、「さあ・・・」「何かが違うんだろうねえ・・・。」という気の抜けた回答が多く、ほとんど具体的な話は出てこなかった。

仕方がないので、拙者は「やっぱり、オーラとかが違うんですかね?」とフォローするのが関の山だった。

ちなみに、今回聞いて回った方々の出身大学は、ほとんどその社長、頭取と同じである。

地アタマとか能力とかは基本的には全然差がないはずなのに、一体この違いや差は何なんだとますます訳が分からなくなった。

拙者なりに傾向と対策を分析した結果、いくつか言えることは、①運が良い②リスクが少なく経歴に傷つかないポストを歴任(要するにドサ回りとか、ガチで仕事するセクションには行かない)③国立の最高学府を少なくとも出ている④(②と関連があるが)そもそも何か特待生的扱いを受けている、といったところだろう。

つまるところ、エッセンスは②だろう。歴代の人は全く同じような経歴の人ばかりである。ガチでやってきた営業の叩き上げなんていう人はこの手の会社のトップにはまずいないのだ。

略歴を入手してみると、基本的には企画部門とかの管理部門の出身で、社費で留学していたり、かっこいい感じの海外拠点を渡り歩いていたり、営業現場経験といってもリスクの少ないバカでも儲かる営業店でしかもそこの部門トップで祭り上げられていただけといった、絵に描いたようなエリート、そんな感じなのだろう。

ひるがえって、拙者の出身の証券会社では、こう言っちゃなんだが全く逆で、基本は営業成績が良ければ学歴不問に近いものがあった。むしろ、東大や京大を出た人はかつてこの業界を忌み嫌って入ってこなかったこともあり、地方の”駅弁大学”なんか出ているのがトップになることが多かった。実際、頭が良かったかと聞かれたら、「・・・」というのが本音である。

こうなってくると、拙者でさえ、「オレも駅弁大学出身だけど、全然チャンスあるかも」と思いっきり勘違いというか、希望を抱かせるに十分なほどだった(笑)。

ちなみに、トップになっていた人のイメージを一言で言うと、”ジャイアン”みたいなガキ大将タイプである。とにかく押しが強く、見た目も怖い、口答えすると「うるせえ!」と鉄拳が飛んできそうな雰囲気である。

とにかく怖くて、周囲の人間は「なーんも、言えねえ」ってことで、権力を握るチョー分かりやすい構造だった。

拙者などは、出世とか全くそういうのとは無縁で、”窓際旗本”どころか、”窓際御家人”以下のザコキャラそのものなので、どういう人が社長になっているのか、野次馬のように好奇の目で引き続き見聞きしてみたいと思っている。

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2009年1月15日 (木)

機会の平等でなく結果の平等の愚

最近、日本人の”気質”、”精神”の劣化が激しい。

異常犯罪の増加、学力の低下、全てにおけるモラールの低下、(迷走する政治、派遣労働問題等々)後先考えない行動の蔓延、これはもう国として終わっているとしか思えない。

そんな中、自らの力で自らの人生を切り拓くことを忘れ、権利ばかりを主張する輩が横行し、能力のない人間が能力のある人間の分まで食いつぶすような事態が起きている。

弱者救済の名の下に、バカな政治家どもは”定額給付金”だのという超愚策まで言い出している。こんなの共産主義以外の何物でもない。

昨年のノーベル賞で分かったのは、受賞するような優秀な研究者が実は日本には住んでいないように、しがらみまみれでレベルの低いものに付き合わされるのはたまったものではないのだろう。

それはさておき、違和感を感じるのは派遣村ってやつである。

前にも書いたかもしれないが、住む家もロクに手当てせずに不安定な仕事をしている人がこんなにいるのかということに驚きを禁じえなかった。少なくとも、家がないのなら実家に一旦は身を寄せるなり、方法はあると思うのだが、なぜ野宿まがいのことをするのか?いくらなんでも全く身寄りがないということはないだろう。

いずれにせよ、生活が苦しいだの、助けてくれだの言っている暇があったら、自らその立場を脱却すべく精進すべきである。

日比谷公園でタダメシを食っている暇があったら、住み込みでパチンコ屋のホール係だの、人材が足りない介護の仕事だの、なりふり構わず生活するために真剣になればいいのだ。少なくとも、拙者にはそういう努力の形跡はあまり感じられない。こういう言い方は失礼だが、生意気にもそういうのに限って仕事を選んでいたりするのだ。

中には不幸にしてそういう境遇になった人もいるかもしれないが、多くの場合、そういう風にはどうしても見えないのである。

おまけに、噂によるとこういうキャンプに共●党が”営業”に行っていて党員募集をやっているということがまことしやかに言われている。それにしても、言われてみると本当にありそうな話でこわい。

ついでに言うと、先日知人でちょっとクチの悪い人がこんなことを言っていた。

「TVを観ていたら、派遣村の人でもタバコを吸っているのがいた。金がないとか言っている割には、タバコを買う金はあるんだよな。刹那的な生き方をしていて後先考えていない身勝手な連中で、自分の”娯楽”には金を使っていたりする。」

拙者はそんな細かいところまでTVを観ていないから、真偽のほどは定かではないが・・・。

放っておいたら、今度は雇用しろとか、権利を主張しだして、そもそも能力的にどこか問題があるからそうなっているのに、何を考えているんだという気にさせられる。

暴論かもしれないが、必要以上のセーフティネットは生活者としての自覚や緊張感を持たなくなるから、やはり”信賞必罰”に基づく”自助努力”を促すべきである。

一生懸命やってもやらなくても、結果の平等を与えてしまう、そんな国家には未来はない。

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2009年1月 3日 (土)

09年今年の初笑い

あけましておめでとうございます。

去年の今頃は初夢について書いた記憶があるが、しかもインドかなんかに行く話で、今から考えると荒唐無稽のような夢を見たものだ。

まだ景気もこんなことにはなっておらず、新興国はまだ日本から比べれば夢があったし、そういう気分もあったが、ことしは散夢不来夢のためか、何も夢を見なかった。そればかりか、三が日は夜中に目が覚めて、その後寝付けず、どうもダメで、夢どころではなかった。

080224_13240001 一方、今年の拙者の初笑いは、正月に吉祥寺を歩いていたら、とあるパチンコ屋の前に、でっかい”まりもっこり”の人形が飾られていて、その人形の前で数人の白人の女性が"Oh!!"(白人女性のセクシーな声を想像してみよう!)とかいいながらデジタル一眼レフ(キヤノンのKISSデジ)で股間”を激写しているのを見たときであった。

まりもっこりは北海道では有名なご当地キャラだが、知らない人のために左に写真を付けておこう。

日本人観光客が、日本人にとって珍しいものを海外で見たときに写真を撮っていると、海外の人にはああいう風に見えるんだろうな、と思ったりした。

今年の正月は特に家をほとんど出ることもなく、親や親戚とひたすら飲んでメシを食ったり(もちろんキトサンも飲んで)して、後は本を読んだり、クルマを洗車したりして終わった。

みなさんはいかが過ごされたのでしょうか?

それはさておき、今年も始まったが、せめて正月を境に少しは気分を変えて、来年の今ごろはポジティブサプライズの年だった、と言ってみたいものである。

というわけで、本年も宜しくお願いします。

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2008年12月30日 (火)

仕事納め ”散夢不来夢”に振り回された1年

今日、仕事納めであった。

一応、最後まで仕事をしていた。ある顧客から、株価が下がっているので自社株買いをしたいという相談があったのだが、その会社は株式の流通量も少なく、市場から吸い上げると流動性が細る可能性があったことや、他の会社のようにそれをやれないいくつかの要因があり、それをこんこんと説明していたのだ。

その会社は株式市場から資金を調達した後、舌の根も乾かないうちに業績の大幅な下方修正、公約の経営目標を反故にしたりと、投資家の期待を裏切り続けてきた。自分の会社も全く人のこと言えないが、にもかかわらず挙句の果てはその会社の役員自らが自社株買いを出来ないかなどと言ってきたので、「インサイダーのリスクを考えているのか?」「ナンピン買いでもするんですか?」「そういう発想というか、そもそも動機が不純だ」「今のあなたに株価対策を語る資格はない。まずは経営的に結果を出してからではないのか?」などと、その経営陣に何考えているんですかと言わんばかりにボロクソ言いまくって今年の仕事を終えた。

顧客に対しておいおいという感じだが、拙者は客といえども間違っていることは間違っているとはっきりということをポリシーとしているのである。

それはさておき、業界紙にこんな川柳が出ていた。

百年に 一度のはずが 二度三度

拙者にとっては今年という年はまさにそういう年であった。

一般には9月のリーマンショックからおかしくなった、などと言われているが、拙者の会社はサブプライムの巨額損を去年から食らっており、そこにさらに追い討ちをかけたれたという感じだ。

おかげで、家の新築プロジェクトはまともにその影響を受けて、本当に大変な目に遭った。さすがに強気の拙者も、こうなることが分かっていたら多分やらなかっただろう。

この業界紙では今年の字として、”散夢不来夢(サブプライム)”というのを掲げていた。なかなかうまい当て字である。世間一般の今年の字は”変”というのだったが。

ちなみに、他にあった川柳は、

塩漬けを 長期投資と 見栄をはり

最安値 買った翌日 最安値

惚れた株 損切りきれぬ 今日もまた

そして、来年への願望も込めて、

底値買い 来年こそは 底願い

なかなか現実は厳しいとは思うが、正月はお祓いをするなり、とにかく禊でもして流れを変えたいと思っている今日この頃である。

米大統領に就任予定のオバマ氏のように、"Yes, We can."と言ってみたいものである。

それでは皆さん、よいお年を。

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2008年12月29日 (月)

拙者の肖像画

普段人の顔をカメラで撮るのは好きだが、自分が人に撮られるのは、もっとも自分の顔に自信がないこともありまずないし、また自画像なんて自分でまして撮ったりしない。

今日、帰りの電車に乗っていたら、隣の席の初老の男性が一心不乱に何かペンを動かしている。チラッと手元を見ると、次々と電車に乗ってきては降りる乗客をものすごい速さでスケッチしているのだった。

ふと見ると、目の前の女性や小さな子を抱いたお父さんなど、非常に特徴をうまくとらえて描いている。

あんまりじろじろと見るものなんなので、見なかったのだが、ふと降りるときに目をやると、何とスケッチブックには拙者の肖像画が・・・。

既に外は暗くなっていたため、目の前の席が空いたときに、前の窓ガラスに映った拙者を知らない間に描いていたようである。

これもまたなるほど非常に特徴をとらえていて、うまいなあと思ったが、肝心の拙者の顔は仏頂面の目つきの悪い結構怖そうなお兄さんになっていた。

拙者はこんな顔をして、電車に乗っていたのか!

まずいなあと思った。いくらなんでも怖すぎる。

電車の中では、ぼんやりと電車に揺られながら、ロクでもなかったこの1年を振り返っていたため、渋い表情だったのかもしれない。

それは、この1年を象徴する拙者の肖像だったのかもしれない。

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2008年12月28日 (日)

予定調和の人生なんて・・・

いろいろあった今年も終わろうとしている。

事実上、26日で今年は終わりという人も結構多いようだ。金融機関は30日まで営業だから、特に休みを入れない拙者はあと2営業日あることになる。

もうほとんど年末ということや、特に今年は拙者の業界は特にひどい年であったから、もうやっても仕方がないということで、結構手抜きモードの人も多い。

が、拙者は26日もかなりマジで精力的に営業活動を行なっていた。

今年度の案件は、周囲が全滅の中、見込み案件を含め拙者は抱えている方だった。が、ここ1、2ヶ月、急速に経済環境が悪化してきて、予定していた案件も急遽延期というものが続出してきた。このまま行くと、ほとんど丸坊主になりかねない。これまでの拙者の証券マン人生においても異例の事態で、それだけに残った案件へのプッシュはとことん手抜きせず継続しているのである。

それにしても、ちょっと話は変わるが、今年改めて気づいたことがある。

人間の能力はさして変わらず、格差を生み出すのはその人の情熱とやる気の差であるということだ。

拙者の業界は、有名大学を卒業したいわゆる超エリートが非常に多いのだが、対顧客や実戦の世界では、何が客に受けるのか分からないが拙者のキャラクターと、知的能力以上にやる気と気合、度胸が上回るだけのノンキャリアの拙者の方が、パフォーマンスで上回るということがよくあった。

拙者たちの業界で重要な能力の一つに、ストーリー構築というのがある。顧客の企業の将来展望について、経営者の参謀役として食い込み、それらを共に考えるとともに、それゆえに得られるインサイダー情報を元に更なる提案活動に活用し、案件を獲得するというビジネスモデルである。

当然、拙者と一緒に仕事をしている超エリート君はその頭の良さを活かして、アホの拙者が考え付かないようなものすごいストーリーを作ってくるのかと思えば、最近そうでもないどころか、全然そんなことないということを改めて痛感している。

むしろ、案外そういう奴ほど、アイデアが貧困で陳腐だったりする。

その原因を考えてみると、何と言うか、人生において”はみ出す”とか、”アウトロー”的な経験がないから、思考回路が線形的で、予測不能、不確実といった状況のような非線形的状態にはついていけないのだと思う。

一方、拙者などはエリート君とは全くかけ離れた超ありえない職歴、経歴を経て合流してきた、いわば”変人枠”採用の”裏口入学”者みたいなものなので、”予定調和”とは全く無縁の下克上的開拓者精神がウリである。

アウトローならではの掟破りの発想とスタイル&手を汚すこと、汗をかくことを厭わない行動力で顧客のお悩みを解決し、結果的に信頼を勝ち取ってきたおかげで今日までこの厳しい業界を生き残ってこれたのだと思う。

拙者の同僚や上司を見ていると、結局これまで修羅場をくぐっていないし、自らを危険にさらすことで自分の運を試したり、リスクを取る経験がないから、いざクリティカルな問題が発生したときに対応できなかったり、決断を出来なかったりするのである。

そして彼らには、あえて”定石”を外してみるということは、頭がよすぎて先が見えすぎるからか、リスクばかりを考えて出来ないのようである。拙者のような単純バカのように、やってみなくちゃ分からないとまではあっさりといかないようである。

これが今回のような有事の対応において、傷を深くする結果につながったと思うのである。

”予定調和”の人生ばかりを送っていたり、そんなことばかり期待したり考えていると、未知の領域にチャレンジするといった創造的なことが出来なくなってしまう。これってつまらないことだと思う。

最近の未曾有の厳しい経済環境や世の中であるが、何か打開策があると信じて、それがたとえ針の穴ほどの可能性であったとしても、それを突破する気概をこんなときだからこそ持ちたいものである。

拙者はそう思って、年末モードに流されず、営業活動にまい進していた今日この頃であった。

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2008年12月27日 (土)

年末を迎えての雑感

どうでもいいのだが、実は今日は拙者の誕生日である。今年の流行語にアラフォーというのがあったが、四捨五入すれば40だが、まだアラフォーというほどでもないだろう、と勝手に思っていたりする拙者である。

それはさておき、本当に年末になってしまったが、それにしても年々、クリスマスだの、年末だのという何ともウキウキしたような浮かれムードというのは希薄になっている気がするのは拙者だけか?

クリスマスなのに、昔みたいに街頭で山積みされたクリスマスケーキやサンタの格好をした売り子さんもすっかり見かけなくなったし、正月に向けてはおせち料理も作れる人が減っているし、3連休の増加もあってか、年末年始さえそれらと同じ単なる連休の一つに過ぎない感じである。

それに加えて、昨今の”ハケン切り”とかいうやつである。マスコミはやたらに騒ぐが、年末の挨拶と称して、拙者は上場企業の経営者のところを仕事柄回っているが、彼らの考え方はマスコミが騒いでいるものとは全く逆の反応である。

彼らの言い分というか本音を整理すると、①そもそも切られる可能性というものを分かった上での雇用形態でありながら、今さら何を言い出しているのか、②煩わしい人間関係や時間的制約からの開放など、自由な働き方を求める中、派遣という雇用形態を選択した人もいるわけでさらに雇用の安定もと言い出したらそれはわがままというものだ、といったところか。

ハケン切りといったフレーズは確かにセンセーショナルではあるし、一部、契約期間満了前に契約を解除した会社もあったのは事実だし、それは論外だが、全体的なトレンドとしてはそれは仕方がないことだと思う。それだけ、経済の環境がこれまで経験したことのないようなスピードで急激に減速しているのは事実だからである。

それにしても、そういう雇用形態の人が女性ならともかく、いい年した男性もこんなにいたのかと驚かされた。

格差といえばそうだが、ここまでついた理由は一体なんなのか、と思ってしまう。

拙者も若い頃、自分のやりたいこと(夢)と自分の置かれた立場(現実)に大きなギャップがあることに気づき、それを克服すべく、あらゆる道を模索した。結果、イメージ通りとまではいかなかったが、幸運にも概ね自分のやりたいことに近い形で軌道修正を行なうことが出来た。

普通に考えたら、そんなの無理な話ということだったが、信念を持って克服するために本気でチャレンジした。大事なことは、人並みはずれたやる気だと思う。

そういう人はやはりあまりいないのだろうか?

来年以降に向けて、実は拙者は再び法学部への学士入学をしようか心の中では大真面目で検討をしているところである。手元にも資料を取り寄せてある。大学生の頃、実は二重学籍で違う大学の法学部にも籍があったが、経済的な事情などいろいろな事情から続けられず、挫折したことがある。

今回もネックは想定される収入の減少の一方で新居のため増加した住宅支出など、学費の捻出にあたって経済的な問題、実際に勉強に集中できるか不安な忙しい日常もあるのだが、いずれかのタイミングでは将来的には学んでおくべき分野だと最近思っているのである。

一般にキャリアは塗り替えられないものとのイメージが一般的だが、拙者はそんなことないと思っている。

要はやる気の問題だし、こんなときだからこそ絶好の”仕込み”のタイミングだと思う。環境が整ったら、自分への投資として積極的に打って出たいと思っているところである。

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2008年12月18日 (木)

果たして痩せるのか・・・

部の忘年会があった。

拙者は2つの部門を兼務しているので、本来は忘年会も2つあるのだが、一応メインの部署のメンバーの仲が悪く、開催したら殴り合いになるのか、罵り合いになるのか、何が起こるか分からない状況なので、さすがに上司も空気を読んで忘年会などということは話題にもしない。

逆に、もう一つの部署は極めて雰囲気がよく、大人の雰囲気で非常に和気あいあいとした雰囲気なので、そちらが今回開催されたわけである。

この日の話題は、メタボについて。

いつになく、上司が熱弁をふるい、実はサプリなどのマニアであることが判明した。

ちなみに、部署には拙者を含め、約3名のぽっちゃりしたオジサン、通称メタボ三兄弟あるいはスーパーメタボブラザーズが存在しており、我々に向かって、これを飲めばいいと、まるでジャパネットタカタの社長ばりのセールストークでサプリの紹介を聞かされた。

これを飲めばどんなに脂っこいものを食っても太らない!などという極めて魅力的なセールストークを振りかざしながら、しきりに「キトサン」のサプリを勧めていたのであった。

当の本人は本格的にテニスをやっていることもあり、メタボとは無縁で、実に体格もスマートだ。それだけに妙に説得力がある。

しかも、現物をみんなに配り、飲めと勧めるので、早速飲んでみた。要するに、腸での吸収を抑えて太らなくするようだが、あまりのセールストークに押され、すっかりその気になった拙者は翌日買いに行ったのは言うまでもない。

しかも、話題の中で、サプリを買ったという薬屋の名前(結構地場のドラッグストアであまり見かけない)から拙者の比較的近所にその上司が住んでいることも発覚。井の頭線沿線らしいということは知っていたが、おいおい、もろ生活圏一緒じゃねえか、ということになった。

さらに痩せるためには、お勧めのサプリ?薬があるという。自分の席に来たら教えてくれるというので、翌日の朝、聞きに行くと「いや、別に特別なものでもないのだが・・・」と言いながらおもむろに机の中から取り出したのは、あの「ナイシトール」であった。

「それって、マジで効くんですか??」

という感じでのけぞってしまった。

しかし、近くの席の拙者と超仲の悪い奴の机にも同じものがあり、ちょっと前の健康診断の際、デケエ声で「体重減った、減った」と自慢しまくっていたのをふと思い出し、

「待てよ、あいつ痩せたって言っていたな。実はマジで効くのかもしれない・・・」

と本気で思うようになり、一番でかいビンのものをすかさずドラッグストアに買いに行ったのは言うまでもない。クチコミとは恐ろしいものだ。

ちなみに忘年会では、効果測定と称して飲み会を3ヵ月後にやろうということで、メタボ三兄弟にサプリを飲むよう、”指示”が出た。

そして、3人ともその場で即座に現在の太った顔をデジカメで写真が撮られ、before afterの検証が行なわれることとなった。

拙者は早速他の二人を出し抜くべく、今日からキトサン&ナイシトール・ダイエットを実行に移すこととしたのである。

果たして、結果はいかに・・・。

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2008年12月13日 (土)

複雑・・・

税制大綱が決定された。

中でも家を買ったばかりの拙者にとっては、来年度の住宅ローン減税はふざけるなという感じである。

最大600万円。今年買った人は10年で160万円だかしか減税されない拙者からすれば、数ヶ月違うだけで何なんだよこの差はという気分である(怒)。

しかし心の中で思うものがある。

こんな経済環境の激変の中で家を買うのは、拙者みたいな気違いか、よほど勇気のある人だろう。

基本的に、この税制の最大メリットを享受するだけの借金をする度胸と気合、根性を持った人はあまりいないと思うのである。となると、経済効果の程も疑わしい。

拙者について言えば、まず土地を取得した時点ではサブプライムの影響がまさかそこまで出るとは想定していなかったし、住宅用の土地を先行して取得した以上、引っ込みもつかなかったので強引に突っ込んだというのはある。足元はさらに経済動向が悪化している。

これは良かったのか、悪かったのか今となっては結構微妙だが、今だったら前の家も売れなかっただろうし、そもそも新築用の借金も出来なかっただろう。今だったら銀行がカネを貸さなかったと思う。とにかく、最近の銀行の融資姿勢は極めて厳しくなっている。大企業でさえ、年末や足元の資金の調達に向けて、少ない市場の金を吸い上げるのに今必死だ。そう考えると、まさに拙者が家を買うのはあのワンチャンスだったといっていい。

少し早かったから今回のプロジェクトは出来たのかもしれないし、一方で遅かったら出来なかっただろうから、来年に持ち越したところで税制メリットもヘッタクレもなかったかもしれない。

そう思って無理やり納得する以外、どうも割り切れない思いのした税制大綱であった。

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2008年12月12日 (金)

奨学金の完済

今日、旧育英会の奨学金をやっと完済した。

途中再び学生をやって猶予をもらったりしたから、ここまでかかってしまった。実に長かった。

それにしても、”完済”という文字は何ともいい。今年は完済という文字を2度経験した。一つは今回の奨学金で、もう一つは前の家の売却で残債を返済したときだ。通帳に一瞬記帳された”完済”の文字に安堵とある種の感慨に浸ったものである。

まあ、後者はその直後に新たにもっとデカい負債を作ったから、全く意味がないのだが。。。

それにしても、この奨学金、結局拙者はクルマ(ホンダCR-X)を買って学生時代に乗り回して散財してしまった。いまだに学生時代の自動車ローンを払っていたようなものである。

最近、これまでの数々の散財については反省しきりで、今後は質素・倹約に心掛けたいと思っている。

特にクルマ関係の散財は多かった。その後乗っていたスカイラインの改造してみたり、ムダに買い換えたり、極めつけは今乗っているクルマだろう。エコの時代にそんなのカンケーねえ式のムダにでかいエンジン、当然燃費も良くない。速いのはいいが、そのクルマのポテンシャルを活かせる道路がこの国にはない、維持費も今から考えるともったいない、など。

いくら家を買う気がなかったとはいえ、後になってみるとこれは実に無駄遣いだった。

それ以外にも、スーツやら、シャツやら、趣味のカメラにも通常の人がやらないような豪快なカネの使い方をしたものだ。

趣味のカメラはだいぶ揃えるものは揃えたので買うもの、欲しいものはさすがに減ってきたが、現在ではスーツやシャツなどは最盛期の5分の1、あるいは10分の1の価格のものを着用している。おまけに、シャツは1日着たらクリーニングに出していたが、それも形状記憶Yシャツに全て入れ替え、家で洗濯してそのまま着ているなど、あまり頓着しなくなった。

最初は贅沢品と違って着心地が悪いなとか思ったりしたが、人間慣れるものである。

これまでは本もよく買った。引越しに伴って、家に入りきらない本が多発し、相当処分したり、区立図書館に寄付した。今の家に来てからは、すぐ目の前にある図書館に通い、なるべく買わないようにしている。基本的には、得意の速読で立ち読みで読みきってしまうか、どうしても欲しい本は、Amazonで古本を探して買ったりしてお金をセーブしている。

今後は、質素ながらも精神的に充実した生活を心掛けるつもりでいる。

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2008年12月 9日 (火)

久々に切手を貼る

先日、住所変更のお知らせも兼ねてクリスマスカードなるものを友人の皆様に発送した。

ひょっとすると、これを読んでいる何人かの方はそれを手にしたかもしれない。

すっかり、電子媒体のメールなどになってしまって、手作りのハガキだのを送るのはヘタをすると年賀状ぐらい、いやそれさえもここ何年かは外注する始末。

官製はがきだと、切手も貼らないから、その作業さえすっかりご無沙汰であった。

で、今回のクリスマスカードである。私製ハガキだったため、当然切手がいる。せっかく送るのだから、何か記念切手のような絵があるものがいい。で、先日切手を買いに行ったら発売されたばかりの切手があったので、これを使って発送した。

それなりの枚数を送ることになったため、全て切手シートでの購入だ。この切手シートを購入したのは本当に久しぶりだ。

そういえば、最近切手コレクターというのをあまり見かけなくなった。そういや、この時代にもいるのだろうか?いや、かく言う拙者もガキの頃、切手を集めていたマニアであったことを思い出した。

わざわざ東京中央郵便局に記念切手の発売日に行って、発売日の消印のある例の国会議事堂の絵の入ったスタンプを押してもらったりと結構熱心というか、筋金入りのコレクターであった。また耳のついた切手シートで買うのは、今でいう”大人買い”のような感覚で、ガキだった拙者には非常にこの上ない贅沢のように感じたものである。

実は、父親、叔父と2代に渡るコレクションを継承し、有名な”月と雁”の他、戦前のものも含めて相当レアな切手を持っていたが、そのコレクションもどこに行ってしまったかさえ分からない。実家のどっかに眠っているのだろうか?

まあ、それはいいとして、家に帰って、久々にピリピリと切手を切りながら、はがきに貼る作業をした。この一連の動作が、実に新鮮な感覚である。

「送信」ボタンを押せば終わってしまう電子メールと違って、妙にいい感じだ。

えもいわぬ感慨に浸りながら、また何かの機会にはがきを作ってやってみようかな、などと思ったりした次第である。

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2008年12月 3日 (水)

アタマ出し&予防線

アタマ出し、予防線を張るという言い方が拙者の会社にはある。

要は前者はイントロのことで、何か相手に根回し、事前相談をすることを指す。後者は、その意味も含むが、いきなり爆発しないよう、和らげておくといったニュアンスも付加されたイメージである。

日本の会社は特にそうだが、いわゆる根回しというヤツは必須である。

今日、上司から、こんな”アタマ出し”を受けた。

拙者と外交に行ったときの話である。いきなり何の話かと思ったら、

「年末のボーナスは、トヨタも1割カットだってねえ。6000億も利益出している会社がだよ。」

ときた。

このオッサン、何が言いたいのかと思った。要するに、拙者の給料だの、来年のボーナスだのを値切ろうとでも言うのだろうか?

即話題を変えて、シカトしたのは言うまでもない。

最近、どうせ出来ないだろと思って振ったと思われるノルマを拙者が達成どころか、大幅に超過しかねない状況が生まれているのだ。確実に押さえ込んだら、これはこの環境下では結構すごいというレベルである。

当然、それは上司には報告済み。こんだけやったらいくら出すというイメージはそれとなく伝えられていた(まあ、しょぼすぎてそれ自体やる気も出ない金額だったが)から、やったあかつきには「やりましたけど、何か?」と言ってやろうと思っている。

おそらくだが、きっとコミットした額を払えないのかもしれない。いつもそうなのである。

今回もヤバイと思って、”アタマ出し”で予防線を張ってきたのだろう。

そういうこともあろうかと思って、拙者は今はハイリスクハイリターン型の雇用体系であるが、結果を出したにもかかわらず約束のファイトマネーを払えないならカネは負けてやるが、その代わり安定した雇用をコミットしろと上司には突きつけている。

上司であろうとも理不尽と思ったら「なぜ?どうして?」と徹底的に詰め倒すのが荒ぶる証券マン、拙者の流儀である。

払わなかったらなぜだと問い詰め、安定雇用をコミットできないならなぜと問い詰める、拙者は”両面待ち”の体制である。

日頃思っている、「周りのデクどもは一体何なんだ!全然デキてねえじゃないか!こいつらが足引っ張っているんだよ!そんな奴クビにして、浮いた金でオレに払えばいいだろ!」とつい言ってしまいそうで怖い。

多分、拙者が上に立ったら、出来てない奴、いや部員全員を部会で一人ずつ詰め倒すに違いない。「お前、この数字どうやって作るんだよ」といった具合に。証券マンの基本はやはり恐怖政治です。叱り飛ばさねば人は動かじです、ハイ。褒めるときは派手にみんなの前でも基本です。叱り飛ばしても、ウラでフォローが入ったりします。前の職場では日常茶飯事でしたが、そういうところが上もうまかったなあ。。。

そんなことしたら、今の会社だったら軟弱な奴が多いから、パワハラだあと騒ぐ奴が出そう。そうしたら拙者は、「パワハラされるほど、お前は全然数字がデキていないんだよ!お前のそのデキなさの方がよっぽどテロ攻撃だっての。」と言い放つに違いない。

話がそれたが、

両方反故にしてきたら、そのときは・・・、将来的にどんな行動に出るか、それは考えてある。

いずれにしても、「オレは聞いてねえ!」ということにならないよう、”アタマ出し”をするのが弊社の社風。それにしても、話の持ってき方が姑息というか、セコイというか、何てちっちぇえヤツなのかと呆れてしまう。

「オレは、アタマ出ししておいたぞ!」そんな言い訳が聞こえてきそうである。

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2008年11月29日 (土)

人を大事にしないことの悪

最近、久しぶりに”内定取り消し”という言葉を聞いた。

年がばれるが、拙者の世代では、就職する前年(93年)にこれが起こり、拙者たちが就職する年はナーバスになった企業が一斉に採用を大幅に減らしてきた。氷河期の始まりだったといってよい。

その後、最初の会社を辞めて、大学院に入りなおし、再び就職をする98年にも内定取り消しということがあったと思う。

こんなことされた学生からしたら、本当にたまったものではないだろう。

しかし、最近の企業を取り巻く環境においては、企業活動のエンジンとも言うべき、「人間」を本当に大事にしていないと思う。経営者は何でも効率主義に走り、即戦力は育てずに外部調達、コアでないと決め付けた部分は派遣社員と、企業そのものの空洞化が顕著である。

拙者の会社などは、まさにそういった企業の空洞化のデパートみたいなものである。

具体的にはどんな感じか少し考察してみよう。

①当初は後発であったためライバルへの急激なキャッチアップのために、主たる経営資源のほとんどに外部の人材を導入し、それに依存していた。

②当該事業分野にろくなノウハウがなかったため、採用側もホンモノとハッタリで応募してきている人材の目利きが出来ず、ババつかみのような人材も間違って多数採用してしまった。

③その後の経営者の無責任ぶりにまともな人材はそっぽを向いて出て行ってしまった。拙者の業界では担当者個人に顧客がついているケースもあるため、それが一気に散逸してしまうことと、経験がモノを言うため高度なノウハウも個人に依存しており、その蓄積や後進の指導も図れないままになってしまった。

④そうして抜けた人材の穴埋めと、バブル期以前の入社組のポスト&受け皿確保のために(異業種である)親会社から大量の”素人”が送り込まれ、行動様式の違いから次第に外部から来た人材との摩擦も生じるようになった。

⑤給与体系などの人事体系を複数も並列して走らせたため、立場の違う評価者と被評価者との間で人事考課の考え方、制度の歪みに起因した現場の人間同士のわだかまりが拡散、増長された。

その結果、職場の人間関係は極めて悪化し、もう収拾が付かないところまで来てしまっている。

お互いの言い分というのはいろいろあるわけだが、煎じ詰めるとこんなことではないかと拙者は分析している。

まず人間というものは、今の自分の待遇がいいか悪いかでなく、とかく自分の隣に座っている人や近い年次と比べて自分の給料が高いか、安いかといった相対論になりがちである。また、その人間の能力、業務内容にはそう差がなかったりするとますます厄介なことになる。拙者もそうした疑心暗鬼の同僚から、「あいつは結構もらっているらしい」などと陰口というか、やっかみ半分の嫌がらせを受けたのも一度や二度ではない。

結局、単に個人をベースに複雑に一物一価のようなあまりにも細分化した給与体系を走らせてしまうと、その経緯を知らない上司が異動とかで来たときにハンドリングが難しく、妙なところで不公平感を生んだりしてしまうため、基本的にはあまりそういうことはすべきではないというのが拙者の感想である。

しかしながら、極めて収益力のある事業であれば、それに見合った処遇体系を構築すべきである。つまり、会社全体では職種に関係なく無理して同じ給与テーブルを適用しなくてもいい(というかすべきではない)が、事業部ごとの収益力の差で、それが高いところにはそれに見合ったペイをしないと、そこの社員はついてこないということになるのである。

実はかつての古巣は、今にして思えばそういう給与体系になっていた。拙者の業界では伝統的に最も偉いのがフロント部門の営業で、ついでミドルオフィス、バックオフィスとなっていた。当然、所属する職系によって基本給与やボーナスなどの傾きが異なる1次関数になっていた。

それで不満があったかというと、意外にそうでもなかった。人によって営業に向く人もいれば、管理部門向きの人もいる。給料を稼ぎたかったら営業部門に行けばいいわけだが、その代わり仕事はプレッシャーも強烈で結構厳しい事を覚悟しなくてはならない。まさに、ハイリスクハイリターンなのである。

となると、そこまではいいやという人も出てくるので、結果的に方向性としては適材適所に近くなり、今の会社と比べたらモチベーション低下などの問題もあまり起きなかったように思う。

話が段々それてきた気がするが、そうした人事問題への経営者の対応能力が低下しているばかりでなく、人をないがしろにした解雇やそういうことへの重大さを認識する経営者が少なくなっていることが問題だと思う。

最近、拙者の会社でもリストラをして、数百人の仲間が会社を去ったが、また追加リストラをするのではという噂がまことしやかにささやかれている。もうこれ以上切ったら、会社が成り立たないではないか、と思うのだが。。。

また、そういう噂が流れると、自分は大丈夫だと思うだけの自信がある人間でも、非常に感じが悪く、心中穏やかではないのは事実である。どんなに自分は流されないぞと思っても、そんな中でモチベーションを維持するのは本当に大変である。こんなことでストレスを感じるのは、本当に無意味でバカバカしいことである。

とにかく、臭いものには蓋みたいな感覚で、平気で人を切ったりする、そういう倫理観を持たない経営者が多すぎる。それは例えて言うなら、グチャグチャにモノが散乱している机の上を手で払って周りに散らかしただけなのに、片付けました自分の机の上はきれいですと言っているようなものである。大勢いる社員を食わしていくために前向きにやろうなどという経営者は本当に少ない。

組織(ハコ)を守るために人を切ったりして経費を抑えたはいいが、会社の収益を生む活動をするのもこれまた人である。ハコだけが残ったところで、それは単なる稼げないハコでしかなく、それって本末転倒ではないか?

今の時代、社長の器というのは、安定雇用を維持できる、それだけでも”金”のような気がするのは拙者だけだろうか?

こんな現状に、実は最近大いに憂い、失望し、苦悩することが多かった拙者なのだが、ある経営者のこんな言葉に救われた思いがした。

「良くない経営者とか、何も分かっていない中間管理職の下で仕事をするのも修行のうちなので、それはそれでよいと思います。逆に、これをやり過ぎると人間腐ってしまいますが、おかしな上司の下という環境で経験したことが、後になって役に立つこともあります。(中略)日ごろそのような嫌な思いをしているのは、個人にとってはすごく勉強になっているということは忘れないでいただきたい。「成れの果て」の上司にも、単に「下らない人だ」と思うと進歩がないので、間違ったことを言う上司には「なぜ」と問い質してください。それを繰り返すことによって、みなさんが権力者になったときに生かせる教訓が得られるのです」

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2008年11月25日 (火)

これには参った

この連休、ノロウィルスに感染し、散々な目に遭った。

噂には聞いていたが、これは結構激烈な症状が出るとんでもない病気である。

説明するのも少々汚いが、一応すると、

まずは吐き気、胃からこみ上げてくるような感じである。たまらず嘔吐。胃の中のものがあっという間になくなる。

次に下痢。こいつがかなりひどい。拙者は3日3晩全く眠れなかった。説明があまりにも凄惨なので敢えて書かないが、とにかく辛くて寝られない。しかも、トイレを行ったり来たりである。

この病気はとにかくかかったら最後、特効薬はない。ひたすら嘔吐するなり、下痢するなりで徹底的にウィルスを体外に出すしかない。

これを繰り返すこと3日。ようやく、まともに起き上がれるようになった。

それまでは、体がいくら動かなくても、たまたま買い置きしていたウィダーのような流動食とアクエリアスのようなスポーツドリンクをひっきりなしに補給し、体力温存に努めた。

さすがに、この手の流動食は補給しやすいばかりか、エネルギーやミネラルを摂取できるので、病人にとってはありがたい食い物だった。

ちなみに、治るとそれは今までの苦悶がうそであったかのように、あっけなく復活する。

しかし、体力のない子どもや老人にはとんでもない感染症である。2~3日の辛抱なのだが、それが相当きついと思う。

ノロウィルスは冬場に多いらしい。病院でもらったり、生牡蠣などの生物を食べたりして感染することがあるらしいが、皆さんも是非気をつけて頂きたい。

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2008年11月20日 (木)

新聞見出し寸評

今日の日経新聞、なかなかグッと来るものが。。。で、コメントしてみたい。

「首相 珍発言を連発」

麻生太郎首相は19日、首相官邸で開いた全国知事会議で、地方の医師不足問題に関連し「地方病院での医者の確保は、自分で病院を経営しているから言うわけじゃないが大変だ。社会的常識がかなり欠落している人(医者)が多い。とにかくものすごく価値観が違う」と指摘した。
(中略)首相は知事会議の直後に出席した全日本私立幼稚園PTA連合会全国大会でも珍発言を連発。あいさつで「普段からお子さんを預かっていると思うが、子どもより親で苦労していると思っているんだけど」「しつけるべきは子どもじゃなく母親なんじゃないか」と批判した。

また、これへのコメントがおかしくて、「出席者が幼稚園の先生と勘違いしたのでは」とあった。PTAの親の前でお前ら問題だというのだから笑える。

次に、元厚生次官宅襲撃事件について

新聞やTVは、「卑劣なテロは断じて許せない」的論調に終始したが、そりゃごもっともだが、やはりそうは言っても恨まれるようなことやってた訳だし、報復のやり方は別にして、年金問題の落とし前を付けてないし、とにかく役人が全く責任を取ってないのも一方で事実だからな、と思ったのは拙者だけだろうか。

「ビッグ3 瀬戸際交渉」

記事によれば、「(筆者注:GMの)ワゴナー氏は不振の原因を「事業計画や長期戦略でなく金融危機」と説明。開き直りととれる発言も目立った。」とある。

アメリカの経営はやっぱり真似するべきでないと思った。どう考えても、CEO(社長)の責任だろ。おまえんとこのクルマ、あんなんで競争力あると思ってたのかっての。社長ばかりが破格の報酬をもらって、最後はこういった無責任発言。拙者の会社も人の事言えないが、ビジネススクールを出たエリートも保身と自分の金儲けばかり考えて企業倫理はほとんど持ち合わせていないようだ。拙者は違うよ、と言いたいが。

それ以外にも、JRの松田氏の私の履歴書も興味深いし、文化欄の帆船模型の職人さんの話もいい話だった。

それにしても、最近の世相を総括すれば、「無責任の跋扈」というところだろうか。

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2008年11月13日 (木)

例のバラマキ

給付金問題、いろいろと問題山積で困ったものである。

所得制限とか、いろいろと話題になっているが、年間所得1800万円はサラリーマンで換算すると2074万円だという。ちなみに、ある推計で2000万円を超える年収の人は、全国で50万人とのことである。全人口からすると、0.4%程度と非常に少ないことが分かる。滅多なことでそんな人いないということだ。

一方で、やれ、窓口に殺到したらどうするのかとか、振込の事務はどうするのかとか、新手の振り込め詐欺が起きるのではとか、負担増大、地方自治体への丸投げだとか、高額所得者は辞退しろとか、とにかくまあいろいろな懸念が想定されている。

高額所得者だからって辞退しろといわれても、「そんなの関係ねえ!」とほとんどの人が返さないと思う。

しかし、本当にバカなことを思いつくものだ。呆れてものも言えん。。。

払うためにそんなにコストがかかるのなら、もったいないからやめればと思ってしまう。そんなカネがあったら、赤字国債の返済にでも充ててもらった方が、将来負担は減ってハッピーなのに。

2兆円ともいわれる給付金の振り込み事務手数料で儲かるのは銀行だけかもしれない。ああ、もったいない!

仮に1万2千円もらったって、飲みに行ったらそんなのすぐになくなってしまう。きっと、拙者もロクな使い方しないと思う。

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2008年11月12日 (水)

傑物現る

最近、話題の人物といえば、田母神元空幕長である。

それはそれは、国会やらマスコミからものすごいバッシングの嵐だが、拙者はどちらかというと彼を擁護する立場である。

というのも、日本人というのはとかく周囲に流されがちで、自分の主張を出来ないものである。私事だが、拙者の職場など、そういう人間の巣窟みたいなものである。

そういう日本社会にあって、意見に多少の片寄りはあるにせよ、堂々持論を展開、とにかく言い切る姿は痛快そのものだ

立場をわきまえないとかマスコミは批判するが、お前らの方がよっぽどそうだと思う。人間なんだから、そういうことは多少はあっても仕方がないと思うし、そもそも彼の言っていることにそんなに間違いがあるだろうか、と拙者などは思ってしまう。

必要以上に、例の問題についてはナーバスになりすぎで、そもそも戦勝国の論理でそうなっているが、本当に真相はそうなのかとかねがね疑問に思っていた拙者であるのだが、よくぞああいう場で問題提起したと思う。言わないことの方が悪である。

だいたい、その政府見解とやら、本当に正しいのか?そんなにあっさり認めていいのか?

振り返ってみると、世界の戦争の歴史を見たときに、それはそれは凄惨な殺し合いなど、今に始まったことでない。なのに、先の大戦のみが過度にクローズアップされ、ドイツやら日本などのいわゆる敗戦国のみが懺悔を繰り返すのには違和感を感じている。

だったら、アメリカが原爆を落としたり、日本の都市やドイツの都市を無差別爆撃やって民間人を殺しまくることが許されるのかと思うのである。たまたま勝ったからって正当化されているだけだろっての、そんなの。

よく考えてみれば、この間もロシアの原潜が日本海で事故を起こしたり、中国の潜水艦も我が物顔で日本の近海を侵してきている。そんな中にあって、国防問題をタブー視し、いつまでお人よしを繰り返しているのかと思う。

拙者は、はっきり言って憲法九条は改正すべきと思っている。ああいう中途半端なものでなく、”永世中立国”をいっそのこと宣言してしまえばいいのだ。

そして、誰の味方でもないのだから、アメリカ軍にはこの国からさっさと出て行ってもらう。そして、スイスのように、自国に強力な自衛軍を持つべきだと思う。いっそのこと、装備品も自前で開発すればいい。中国だって、ロケットや戦闘機を自前で作れるのだから。そういった軍事技術は究極のテクノロジーだから、技術立国としての日本の産業育成にも役に立つ。

それに、平和ということを身に沁みて分からせるために、短期でもいいから兵役も復活させるべきだ。あれをやったら、絶対に戦争なんかやりたくないということになる。ついでに平和ボケ日本人の根性叩き直す意味でも有効だと思う。

永世中立国なら、周囲の国から侵略を警戒されることもないはずだし、軍備についていちゃもんを付けられる筋合いはない。

アメリカもヘタっているところだし、これまでの関係を見直す絶好のチャンスだ。いつまでも連中に媚びへつらうことなく、そろそろ独自の道を模索していくべき段階に来ているのではないかと思う。アメリカの製造業はもう終わっているし、それが再生するのは容易なことではないだろう。やはり付き合い方を見直すべきだと思う。

拙者も結構考え方が極端かつ偏っているが、本気でこの問題についてはそう思っている。

衆愚政治ここに極まれりといった感じの選挙対策のばら撒きなんかやっている暇があったら、これから日本はどうあるべきか、日本人としての立ち位置を明確にすることの方が、大事なのではないのだろうか。

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2008年11月 2日 (日)

実に大人気ない

拙者は、人と競争するのが好きである。それは例えどんなくだらないものでも、である。

今日は、近所のスーパーの特売で卵が超安かったので、ちょっくらゲットしてくるかと思って行ってみた。朝も早いし、いくらなんでも大丈夫だろうと思ったら、全然大丈夫じゃなかった!

特売ではL玉、M玉各100個もあると思っていたが、それは油断であった。

一応並んで、祈る思いで順番を待ったら、何と自分の前で売り切れた。拙者は201番目の客だったのだ!

ち、畜生!と、地団駄踏んだのは言うまでもない。朝早かったため、結構、ジイサン、バアサンが多かったが、ジイサン、バアサンに負けたことが異常に悔しく、夕方4時の再売出しでのリベンジを心に誓い、仕方なく98円の長ネギだけをゲットし、家路に付いた。

近所のゴルフ練習場にクラブを持って歩いてくる人が多い中、拙者はエコバッグをまたしても忘れて、長ネギをそのまま握り締めて歩いているさまは、異様で恥ずかしくもあった。

かくして、夕方4時に再び卵を買うために、店に向かった。3時半に店に入り、他のものを買いながら、売り場らしきところに行ってみた。するとまたすごい行列である。しかし、今度は確実だろうという票読みが出来たので、15分前から並ぶこととした。

すると、白々しく割り込んでくる奴がいる。お母さんを並ばせておいて、ちょっと前になるとお父さんや息子とかが「わりい、わりい」なんて割り込んでくるのだ。

そんなことやられると、並んでいた人間にとっては死活問題である(笑)。拙者の真後ろには、そうやって2人が割り込んできた。すると、目の前に割り込まれたおばあさんが、「並んでいなかったじゃないか」などと盛んに文句を言っている。

見かねた拙者も、その気持ちは分かるということで、「そうだよ割り込むなよ、後ろに並べよ」と加勢した。すぐにそうやって事を荒立てて争いたがる拙者である。日本人には珍しいタイプかもしれない。

拙者は、電車とかでも乗るときや改札の出口で割り込まれそうになると、ひどいときは「おいお前、割り込むんじゃねえ!」と声を荒げたり、カバンや幅寄せでブロックしたりする実に大人気ない奴だったりする。それで「なんだ、こいつ」と逆切れして向かって来ようものなら、即ケンカ開始である。どっかでケンカしたくてしょうがない、実は好戦的な人種なのである。

話がそれたが、ふてぶてしいその家族は結局おばあさんの抗議も空しく、割り込んだままお一人様1個限りの卵を3パックもゲットして帰っていった。

実に割り切れない感じがしたが、拙者もゲットしたので、朝のリベンジを果たし、まあいいかということで。

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2008年11月 1日 (土)

久しぶりに風景撮影

久しぶりに、軽井沢まで風景写真を撮りに行った。

まともな撮影旅行?は厳冬の北海道の鉄道撮影以来である。

例によって、高速バスを使って行ったが、思ったよりは渋滞は少なかったと思う。最近多少はガソリンが安くなったとはいえ、景況感も悪いし、外出を控えているのかもしれない。

雲場池というところに、最初に撮影に行ったが、そんな池があったことも知らず、初めて行った。すると、池の周囲に結構写真愛好家が集まって三脚を立てて写真を撮っていた。

行ってみて思ったのは、人が多くて邪魔で、対岸の風景を撮ろうにも池の周囲に道があり1周できるため、必ず観光客が写ってしまうのが難点だった。

基本的には晴れていたが、たまにだが雲がかかったりして、光線状態と通行人がいないのが一致するのが難しかった。

一応、一丁前の装備で写真を撮っていると、拙者を上級者と思ったのか(一応、20数年のキャリアですから)、たいてい趣味で始めたばかりといった風情の自分の母親と同じ位の年恰好のオバサンカメラマンに「ここは露出補正はマイナスですかね?」などと聞かれる。

どこに行ってもそうなのだが、はっきり言ってウザイ。要するにオバサンは大抵は貪欲なので、一発で最高の絵を仕留めようとしているので、いきなり正解を聞こうとしてくるのであろう。ひどいのになると、シャッタースピードや絞りの値まで聞いてきたりする。

いつも言ってやりたいのだが、あんたデジカメで撮っているんだから、フィルムみたいに一球入魂じゃないんだから、いろいろと設定変えて撮ってみればいいじゃないかっての。フィルム代かからないんだから、タダみたいなものだし。。。

それにカメラによっても露出にはクセがあるので、同じカメラを使っていない限り、迂闊なことはいえないのだ。

いずれにしても、拙者の見立てでは、雲場池はまともな撮影ポイントはおそらく1、2箇所で、それ以外は大したことなかった。しかし、池に風景が逆さに映りこんだり、鴨などの動物が泳いでいたりして、そんなのも取り込んで撮影してみた。望遠レンズを駆使し、いかに邪魔な観光客を外すかに腐心した結果、今日の1枚はここでゲットした。

まあ、とはいえ大したことはないが、フォトブログを知っている人は、そちらにもアクセスしてみてもらいたい。

その後、竜返しの滝と白糸の滝に撮りに行ってみたが、これは被写体として全く大したことなく、前者は滝も撮らずにその下流の渓谷の水の流れを撮ったり、後者に至っては既に日も傾き、光線状態もいまいちのため全く撮影せず、土産物屋で”おやき”などを食ってバスが来るまで結局何もしなかった。

実にくだらん撮影内容だったが、久々の肩慣らしといった風情であった。

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2008年10月29日 (水)

恐れ入りました・・・

先日、隣の家のオーナーが、建築に伴う挨拶に来た。

何でも、隣の駅の方に住んでいるようで、その人が住むわけでなく、息子にでもそのうちやろうと思って、元々は更地で持っているつもりであったようだ。しかし、拙者や前の家の人が家を建て始まったので、そこだけ空き地だとなんなのでということで、慌てて建てたのだという。

その息子さんというのが、まだ未婚なのだという。そのお父さんの年恰好からすると、息子さんは拙者と同じ位の歳といったところか。いきなりそんなものを買ってくれる親なんて、全くうらやましい限りである。経済力のない親を持った拙者など、絶対にありえない話だ。

驚いたのは、鷹揚にもこんなに固定資産税の高い土地を遊ばせておこうと思っていたことだ。普通だったら、使い倒さなくては損とばかりに、さっさと住み始めるものだ。

しかも、その息子さんとやらがすぐに移り住むかは未定なのだという。

おそらく、そのお父さんはもう引退された方とお見受けするので、購入も借金などでなく、キャッシュで買っているに違いない。考えただけでもちょっとすごい。

こっちなんか、移り住むのがやっとで、日ごろは質素に暮らしているというのに・・・。

とにかく、とんでもなく優雅でカネを持っている余裕の人が周囲にこんなにたくさんいるものかと、引っ越してきて呆れているところである。

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2008年10月21日 (火)

事業立ち上げ

今日、拙者はカメラマンとしての個人事業主としての開業の届出を税務署に行なった。

勝手にプロ宣言ってやつである。

その行動の意味するところ、一体何を考えているか、それはヒ・ミ・ツ

勘のいい人は分かったかもしれない。あることをするためのビークルみたいなものです。

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2008年10月19日 (日)

いつにない混雑?

昨日、TV東京系のアド街っく天国という番組で、拙者の地元の浜田山が紹介された。

それはそれで、拙者も引っ越してきて間もないビギナーなので、興味深く観させてもらったが、ふと昼頃駅前の商店街に行ってみたら、何だか普段と様子が違い、どことなく地元じゃないような感じの人が何かいっぱいいて、とにかく気のせいかいつもより人が多いような印象だった。

特に番組で紹介された「たんたん亭」というラーメン屋が超行列していた。おそらく人気がある店なのだと思うが、こんなに駅の入口付近まで人が並んでいるのを初めて見た。

結構、TVの影響って大きいんだなと思った。

一方、拙者はというと、中央線方面に所用があり、途中下車して国分寺に立ち寄った。拙者の好きな「スタ丼」が食いたくなったからである。

知っている人は知っているが、この「スタ丼」は結構ニンニク臭くなるのだが、どうせ中央線は混んでいないだろうと思ったら、帰りに何やら車両点検で遅れが出ていて、メッチャクチャ混んでいた。

そういうもんを食ったときに限って、電車が混んでいて、しかも動かなかったりする。拙者はニンニク臭さを抑えようと、極力呼吸を止めていて結構苦しかった。

一体何やっているんだか・・・。

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2008年10月14日 (火)

一夜城

最近、隣の空き地にも家が建ち始まった。

拙者の買った土地は大きな敷地を3分割した中の一つ(その中でも最も狭いところ)なのだが、前の家はすでに建ったが、隣はまだだったのだが、先日基礎工事が終わって、いよいよだなと思っていたのだが、今日帰宅してびっくり。何と朝まで基礎部分しかなかったその土地に家が建ち上がっていたのだ。ご丁寧に窓まで付いてやがる。

「な、なんだこりゃあ!」

ということで驚いた。

某積●ハイムが建てているのだが、すげえと思った。まるで秀吉の一夜城だ。

拙者の家などは在来工法で、だいぶ材木は加工済みのものを組み立てる感じにはなっていたが、基本的にはいちいち大工さんが手作業で作っていたのだが、お隣の家は工場で規格化されたユニットを運んできて、まるでプラモデルを貼り合わせるみたいにして作っているのだろう。効率的といえば、効率的である。

うちのを建てたメーカーさんが、「うちはほとんど人件費で消えて、儲けがない」と嘆いていたが、確かにそうかもしれない。

「生き残るメーカーはこういうところなんでしょうねえ・・・。」

と、週末に点検に来たときにつぶやいていたが、これには拙者も言葉がなかった。

同じ工程に追いつくまで、拙者の家なら2週間以上かかっていただろう。それが一夜にして出来てしまうのだから、これには参った。

でも、一生懸命大工さんが建てていたのを知っているから、精神論かもしれないけど、こんな一夜城だとありがたみとか家が建ち上がった感動はあまりないかも。

近未来には、職人さんもいなくなって、在来工法での建築は究極の贅沢になって、廃れてしまうかもしれないですね。

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2008年10月 4日 (土)

引越ししてみての実感

愛用の机がなくなったため、デスクトップのPCが設置できず、モバイル用の小型PCで対応する日々である。

早速通販で適当なものを探し、購入したが、納入されるのは今月末になるようだ。

部屋のほうもだいぶ片付いてはきたものの、まだまだダンボールが残っている。

結局、一番邪魔なのは本ということになり、大学院時代の専門書など、相当捨てることにして、今日の資源ゴミの回収ではかなりの量の書籍を捨てた。今まで、移動のたびに持ち歩いてきたものだが、結局、仮にも将来博士課程を目指すようなことが起きたとしても、同じ分野で研究はもうしないだろうという気がしたからだ。何より、テーマが陳腐化しているので、特にそういう専門書は、自分が気に入ったもの以外は基本的に捨てることにしたのである。

書き込みのないものは図書館に寄付し、書き込みのあるものやあまり価値のないものは処分となった。

家については、非常に満足がいくものとなった。周辺環境や、通勤などの交通の利便性など、横浜の頃から比べたら飛躍的に向上し、今までなんであんなところに住んでいたのかと思ったほどだ。

近所の人も、非常に感じのいい人たちが多く、安心した。全体的に、住んでいる人たちの階層がこれまでとは明らかに違うというのが如実に実感でき、見た目はもちろん、そこはかとなく漂う雰囲気とか、走っている車とか分かりやすい部分は言うに及ばず、出会う人たちが明らかに富裕層、あるいは経済的にもアッパークラスに属するエリート階層が多いなというのが実感である。ある種の、格差社会の現実のようなものを垣間見た思いである。

拙者と同世代の人たちも、明らかにエリート階層が多く、子供がいる人であれば非常に教育熱心な印象で、拙者もバカにされないよう、何かみっともないあるいは品のない格好してウロチョロ出来ないなと気を引き締めているほどである。

まずは、拙者もこのメタボの醜い姿と膨張したツラを何とかしなくてはということで、沿線のスポーツクラブに入会するべく、早速見学に行ったりと、行動を開始している。すっかり金がないので、予算制約が厳しいが、明らかに違ったベクトルで生活の質を高めようという意欲は出てきたのは大きな変化だ。

それと、こちらに越してきて最大のメリットはとにかく交通の便がよく、通勤時間も短くなり、体感できる自由時間が増えたことだ。時は金なりというから、この若いうちから通勤時間を短縮することは、残りの人生を考えても、非常に高い出費をして移住したメリットはあったと思う。

近所を散歩していても、周囲は静かで非常に緑が多く、潤いがある生活だと実感できる。こういうのは贅沢なことで、何もお金をかけて何かをしなくても十分に幸福な気分が味わえる。

あと、大きな変化はエコバッグの使用である。

杉並区は買い物袋に税がかかるため、1枚店でもらうと5円を負担しなくてはならない。ちょっと買い物と思って家を飛び出したはいいが、思わずエコバッグを忘れて、ああしまったと思ったことが一度や二度でない。

すぐに忘れるので、玄関にエコバッグを置いておいたり、通勤のカバンなど、普段よく使うカバンにも常備するようにしている。

まだ、そういう部分やゴミの出し方など、慣れないところも多いが、徐々にここの住民として早く馴染んで行きたいと思っている。

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2008年9月27日 (土)

超分業

先日、TV東京のカンブリア宮殿という番組で、高学歴の職人を集めたユニークな経営で知られる建設会社を紹介していた。ひょっとすると、観た人がいるかもしれない。

ちょうど、家を建てた直後だったため、非常に関心がある内容だった。

もちろん、有名大学を卒業した高学歴の人が大工などの職人を目指すというのもさることながら、多能工というのがこの建設会社の売りということに驚いた。

別に多能工なんて、効率性考えたら当たり前じゃん、と思うのだが、実は建設現場では工程ごとに職人が実に細分化されていて、ものすごい人数の人たちが出入りするのだということを、自分が実際に家を建てて目の当たりにした。

番組で紹介されていた建設会社では、一人がいくつもの工程をこなすことで、他にはないコスト競争力を実現しているということだったが、それに加えて高学歴の若者を惹きつけるのは、そうした一貫作業を行うことで、仕事をして物を作る楽しみを実感できる職場であることにあると思う。確かに、単品のパーツの部分だけの仕事をしたところで、達成感は少ないし、全体を考えて仕事をするわけではないから、やっていてちっとも面白いはずがない。

例えば、今ちょうど拙者の家の完成後の微妙な修正や仕様違いの箇所を直してもらっているのだが、クロスの剥がれを直す職人、電気工事の職人、水道工事の職人、階段を直す職人、はたまたフローリングや壁などのキズを直す職人、ぜーんぶ別々の職人なので、クレーム修理の日には家の前に工事車両が列をなしてしまい、超近所迷惑である。

しかも、新たな問題などが発生すると、ある工程の職人がいないと直せないという場合、その部位の工事はストップしてしまう。一貫作業で出来ない弱みである。

大工の棟梁がそれを束ねてうまくさばいてはいるが、たかがちっこい家一つ建てるのにもこれほど多数の人間が介在しないと出来上がらない様は、分業というのが効率的なんだか、非効率なんだか、見ていてどうなんだろうと考えさせられてしまった。

とはいえ、1つ1つの工程とはいえ、職人さんが結構難しい工事を仕上げる様は、まさに匠の技が光っている。ただただそれには本当に敬意を表したい。このように目に見える成果物があるから、それはそれでやっていて実は楽しいのかもしれない。一方で、もしこれが全体を全て一人でやったら、大変だろうがこれほどやりがいのある仕事もないかもしれない。

それと、見ていて思ったのは、結構工事費用の見積もりや積算がドンブリ勘定というか、結構適当だなということ。予定通り、きっちり終われば追加的なロスは発生しないのに、現実にはそうはならない。特に拙者の家などは、手抜きなしの充実した中身の割にかなりコストを抑えて作らせたから、コストパフォーマンスという意味での拙者の満足度は極大化されたが、一方で工事を請け負った側の工事採算を心配してあげると、大丈夫かなというか、何だかかわいそうな気がした。

違った部材が平気で現場に届いて、とりあえず付けてしまって、あとで付け替えて無駄になったり、口をすっぱくして言ったところが違っていたりと、設計と現場の連絡が悪かったりするところが細かいことを言い出せば結構あった。

何か直すとなったら、小さな工程一つ一つの職人が違うわけで、別の日に何人もの職人をまた呼び寄せて、いちいちやり直すわけだから、非効率なことこの上ない。

こうした工程遂行上の無駄などを改善するだけでも、相当採算は違ってくるのではないかと思った。こんな当たり前のことにメスが入れられていないというのは、異業種の人間からすれば建設業界の信じられないところではある。

拙者の仕事もどちらかというとそういう傾向があるが、拙者などは案件の執行に当たっては、一人で完結するように厳しく教育された。今は結構分業になったり、案件そのものが減って人が余っているのでシェアして仕事をせざるを得なく、全体を見渡して仕事を出来る人がいなくなってしまっている。

このブログでも書いているリーマンの後輩を拙者が拾おうとしているのは、同じ職人気質の先輩に現場で拙者と同じような教育訓練を受け、たった一人でも一貫作業でディールを仕上げられる最後の世代の人間であるからなのだ。

話が若干逸れたが、TVで紹介されていた建設会社のすごいところは、同業他社が上記のような出来そうで出来ないことをやっていること、多能工化によって職人のやりがいとコスト軽減を両立させたことに尽きると思う。

実際に家を建てて住んでみて、不具合の調整をやってもらっていて、そんなことを感じたものである。

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2008年9月26日 (金)

引越し完了

ようやく引越しが完了した。

引っ越してきて一夜が明けたが、非常に静かでよく眠れた。前の仮住まいは、交通量の多い道路に面していて、割と騒々しかった。それからすると、あまりにも静かで家でじっとしていると時間がゆっくりとしているようにさえ感じる。

引越ししていて不覚だったのは、愛用の大型の机が運び入れられず、結局引っ越し屋さんに頼んで処分せざるを得なかったことだ。気にはなっていたのだが、全体的にコンパクトに設計していたため、ドアの幅が狭く、また敷地いっぱいに建物を建てたため、どうやっても運び込むすべがなく、入りきらなかったのだ。

エアコンの移設やら、電話やTV工事など、ひっきりなしに工事の業者が入って大忙しである。

一方で、リーマンにいる後輩の就職の世話もやっていて、結構大変である。何とか、役員の面接までこぎつけたので、普通にやれば何とかなるかもしれない。

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2008年9月22日 (月)

一寸先は闇 その2

今日から、引越し準備を兼ねて1週間の遅い夏休みである。

今日は杉並区役所に転入手続きを行い、杉並区民となった。一斉に住所変更に関わる手続きをやり、クレジットカードやら、運転免許証やら、一気に手続きを行なった。

それにしても、リーマンショック以降の混乱と金融業界を巡る変化は、本当に目まぐるしいものがある。

一つ目は、「GSとモルスタが銀行持ち株会社に、投資銀行モデル終えん」という記事である。何と、銀行持ち株会社を設立ということだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080922-00000794-reu-bus_all

なんか、証券会社のビジネスモデルがまるで銀行の軍門に下るみたいで、肌合いが合わず、腰抜けの銀行員とオレたちは違うんだ!と思っていた業界関係者としたら、銀行の顔をしていると公的資金を注入しやすいからというのは、何だか寂しい限りである。

日本のメガバンクの行員の口癖は、「銀行は絶対につぶれないから」というのが定番だが、何だかそれが裏付けられたような気がして、個人的には極めて不愉快な感じだ。こいつらに限っていえば、時代錯誤の勘違いに基づく妙な特権階級意識というか、エリート意識だけ持って実は何もしない連中なわけで、拙者などは忌み嫌っている。こういうのをきっかけに、それ見たことかといい気になりやしないか、とにかく不愉快である。

AERAの記事の「リーマン蟻地獄の深淵」というのも感慨深い。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20080922-00000001-aera-int

「私たちは高給ヤクザ」とか、「要するに借金でバクチをするのが彼らのビジネスモデルでした。しかも成功報酬で働いているから、リスクをとればとるほど個人が稼げる。『強欲な個人』が複雑な金融工学を利用して稼いでいた。今回の事態は『個人の強欲』のなれの果てです」

というのが印象的だった。そうです、その通りです。

何事も腹八分目ということでしょうか・・・。

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2008年9月21日 (日)

一寸先は闇

金曜日の夜、リーマンにいる後輩のために、前の会社の先輩と一緒に今後の対策を考えてやるために集まった。

その日、その後輩のために拙者の会社の面接をアレンジしたが、面談者からは直接フィードバックを受けていないので、感触はまだ知らない。分かったのは、拙者が社内では”怖い人”と見られているらしいということだけだった。

しかし、現実には相当厳しいらしいということだった。

まずは金融システム自体が麻痺状態であるため、特に米系の同業は他を救済している余裕などない状態である。自社でさえ、リストラしなければならない状態だからだ。

その割には、別のリーマンにいる元同僚やその後輩も、「自分はいろいろなところから話がきている。」と口々にいうのだが、それは本当かよと拙者などはかなり怪しいと思っている。みんなプライドが高いから、どこも拾わないという事実を認めたくないのだと思う。

みんな凄腕で、元同僚などは席を並べていた頃から尋常でない報酬をもらっていた。実力があるのは認めるが、自分なんかの給料とのあまりの違いに、同僚だった頃からもため息が出たほどである。彼は、非常に相場観とリスク感覚がずば抜けていたから、持ち前の要領のよさでリーマンに変な噂が立ったときに、事前にさっさとバックレているものと思っていた。ところが、別の同僚が電話で話したところ、まだリーマンにいるのだということが分かった。まさか、逃げ遅れたなんて・・・と思ったが、年齢も拙者よりずっと上だし、ひょっとしたら他所でも席がなかったのかもしれないと思った。

一方、後輩の話から、彼の同僚の生き残りをかけた社内の混乱と噂や思惑の交錯はすさまじいものがあるなということを感じ取った。まさに大混乱である。

リーマンといえば、日本でも報酬の高い同業として有名なところなので、同じ水準の報酬を払う同業はほとんどないだろう。一転して、天国から地獄という構図は信じられないというよりほかない。

そうなったときの世間の風当たりの強さは半端でないことも知った。後輩との会食の間にも、彼の住んでいる家の家主から、敷金を6ヶ月前払いしてくれとか電話がかかってきたり、クレジットカードを止められたり、ちょっと前には銀行から電話がかかってきて、リーマンからの立替交通費の振込も戻せと言われたらしい(倒産会社は資金も管理下に置かれるため、財産処分やそんな支払いさえも止められてしまう)が、同業の中でも高給取り中の高給取りがこんな目に遭うなどとは、いくらなんでもという思いで唖然とした。拙者まで恐ろしい気分になったのは言うまでもない。

ところで、後輩もこの際なりふり構わず行けばいいのだが、N社からも声がかかっているとか言われると、だったらN社に行けよ、と拙者と先輩は結局彼を追い返してしまった。

「こいつ(拙者のこと)が自分の会社に話をつなげてくれたんだぞ、お前はもっと謙虚になれよ」

彼は、銀座で別件があるのでと中座したが、彼の同僚が集まって緊急ミーティングをやるのだろうということは明らかであった。「ものすごいことになっているな」と先輩と二人で酒を飲みながら話したのだった。

拙者は、彼が結婚したまだ1年ほどで、奥さんも妊娠中ということも知っていたため、生まれてくる子どものお父さんがいきなり失業者だったら本当に気の毒だという思いがあり、何とかならないかということで社内の幹部にかけ合ってみたのだ。「君がそこまで推薦するのなら」と時間を作ってもらったのである。

一方先輩も、自分のところで余力がないからどうしようかと思ったが、拙者が奔走していると聞いて少し安心していたようだが、本人の態度を見て、「がっかりした」ようである。家族のために、もっと真剣に職探しをしろという感じだった。

後輩も、救済に乗り出すかという噂や観測記事が出ている某メガバンクや他の金融機関との提携が実現したら、などと話しているが、我々には非現実的な夢物語にしか聞こえなかった。

彼がどうやって仕事を見つけるのかは、全く分からない。しかし、いろいろな意味で、転職とは何かということも含めて考えさせられた週末の夜だった。

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2008年9月19日 (金)

なぜこの家になったか ~コンセプトについて語る~ その2

080920_11360001 今回、最もこだわったのがこの玄関である。

左の写真は、ドアから入ったところを撮ったものである。廊下は鏡面仕上げの白のタイル張り、土間の部分は黒の渋いタイルを張った。

いずれも結構値の張る部材を使用している。

後に見えるのが、今回の家の目玉の一つである例のスケルトン階段である。最初の上りの部分が鉄骨製になっているもので、踏み板は黒に近いこげ茶色の木材を使用している。専用設計の特注品ということもあり、この部分だけで小型車1台分の金がかかっている。材料代も高騰しているし・・・。

080920_11350004 照明もそれなりにはこだわっているつもりである。

比較的照明の数は多いが、それは全部点けるつもりはなく、そのときの気分でいろいろな照明を組み合わせるようにするためである。

また、今回はカーテンも結構お金をかけた。写真はないが、これもパッと見て直感的に決めたが、実際に入れてみてまさにドンピシャの出来栄えだったと、自分でも満足している。今回は、ほとんどを巻き上げ式のものを採用したが、生地の色といいデザインといい、うまく決まったと思う。

080920_11390002

こちらの写真は、リビングの写真だが、改めて昼間に来て見ると、思った以上に日差しが差し込んで明るい。これは期待以上だった。

ところで、知っている人は知っているが、拙者が大学時代、ゼミでは建築の先生に師事している。別に技術系ではないので設計とかが出来るわけではないが、概念的な部分で住環境や都市計画などを柄にもなくテーマにしていたりした。ちなみに卒論は集合住宅の管理についてだった。

そうしたことも、自分の住まいに対する考え方に知らず知らずではあるが、多少の影響があったのかもしれない。

拙者は最初の会社を辞めた後、大学院進学は決まっていたものの、半年ほどプータローしていたことがある。そのときに、大学時代の恩師の紹介で都市計画のシンクタンクの会社にアルバイトとして常勤していたことがある。

そこで、割と専門的なそういった分野のコンサルティングの現場を目の当たりにした。

一番印象に残っているのが、世田谷区から受託した様々な都市計画の仕事であった。拙者は、要は雑用係なので出来上がった成果物を区役所に届けたり、そういった資料の下準備・作成をやっていたのだが、そこで世田谷区の様々な先進的な取り組みを知ることとなった。

それと同時にそれまであまりなじみがなかった世田谷区に足を運ぶようになり、様々な良質な住宅街の存在を知った。

それまではマンションなどの集合住宅でしか暮らしたことがなかったが、いい住宅街の潤いのある住環境というものに対する憧れが芽生えたきっかけだったかもしれない。

あれから10年以上の月日が流れて、その世田谷区ではなかったが、隣接していて比較的雰囲気が似ている杉並区に住むことになろうとは、自分でも全く予想していなかった。

別に、建築家が設計した家の事例をなめるように研究したわけでもないが、自分の中で沸きあがるイメージを、購入した土地の形状やその宅地にかかる規制などをクリアしながら、具現化したのが今度の家である。

まさに、リーマンショックという100年に1度の金融危機、しかもサブプライムローンという住宅がらみのものを原因とした土砂降りの経済環境の中で今回のプロジェクトが完成した。

別の機会にこの話はするが、正直、不安がなくはない。しかし、しっかりとがんばってこの家を維持していきたいと考えている。

よく、持ち家か賃貸かということが議論されるが、よくよく考えてみると、経済的にはそんなに大差がないように拙者には思える。賃貸の方が身軽という利点はあるが、結局家主への敷金や礼金、賃料の上昇や複数回実施されるかもしれない引越し費用などを考えると、買って一つのところに長く住み続けるのとそう変わらない気がして、拙者は持ち家を選択した。結局、賃貸だと、老後も何らかの形で家は必要なわけで、賃料を支払い続けなければならないし、一方で持ち家の場合は大きな値上がりはこの国では期待できないが、多面的に見てそこそこの水準を維持できる物件であれば、財産形成という観点でも一定の意味はあるように思えるのである。

こればかりは考え方次第だが、いずれにしても、そういういきさつでこのような家が生まれたのである。

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2008年9月17日 (水)

なぜこの家になったか ~コンセプトについて語る~ その1

昨日、米大手証券のリーマン・ブラザーズが破綻した。

おかげで、世界中の株価が大暴落である。メリルリンチも身売りらしいし、同業他社は大火事である。いや、拙者の会社も今に火に包まれるだろう。

そんな中、アグレッシブな拙者は蛮勇にも家など建ててしまった。正直、本当に大丈夫かよという気がないわけでもない。

今年は既に会社もリストラをやっているし、さらに収益の状況が悪化すれば、一段のリストラもあるかもしれない。今の世の中、まさに一寸先は闇だ。

そんな中、巨額の借金を背負い込み、一体何を考えているんだろうという感じである。

しかし、一寸先は闇だからこそ、それを必要以上に不安がっても仕方がない。拙者は無理やりでもそう思うことにしている。臆病になってやりたいこともためらって結局何も出来ず、後で後悔するくらいなら、やりたい放題やるだけやっちまった方がいい。それが自分らしい生き方でもあると思う。

サラリーマンなどは、黙っていたらカネなど貯まらない。勇気を持って持てる信用力を使えるだけ使ってレバレッジをきかせない限り、大きなことは出来ない。どうなるか分からないが、とりあえず行ってみるかという感じである。

ところで、今回の家は随所にアグレッシブなポイントをちりばめている。浦島太郎さんからうれしいコメントを頂いたので、そんな家にした背景を少し説明しよう。

前に書いたように、バカでかい玄関とタイル張りの床、鉄骨で作った特注のスケルトン階段、リビングに聳え立つはしごはフツーの建築士なら提案しないだろうといわれた。そんな遊びまくった設計をフツーのお客さんに見せたら、いきなりドン引きされるだろうと住宅メーカーの担当者の方に言われた。

普通はバカでかい玄関を作るスペースがあったら、納戸や小部屋を作っていただろうし、コストを考えたら、小型車が1台買えるスケルトン階段も作らなかった。要するに、ここでもう一部屋などとセコイことを言ったら、チマチマした部屋がひしめき合うただのつまらない家になるし、絶対後悔すると思ったのだ。中途半端にそんなもん作るくらいだったら、バコーンと贅沢にスペース開けちまえと思ったのだ。

1階の玄関上がった廊下は全て白のタイル張りだ。冬になったらタイルだと足が寒いなどということを考えたら、こんなこと絶対出来ないのだが、せっかく広く玄関を作ったのだし、そもそも今回のこの家のコンセプトのキモはこの玄関なんだから、徹底的に生活感を排除して、遊び倒してやるということでこういう作りにした。1Fは玄関の黒のタイルと廊下の白いタイルの対比で見せる、白と黒のモダンな世界というのがイメージだった。

それと、玄関を広くしたのは、いろいろな人に来てもらいたいという拙者の願望を込めて、間口を広く、門戸を開放するという意味合いを込めている。また、今回の土地のレイアウトが西側の道路に接道していたため、西側に門があるのだが、風水の関係で玄関を西に付けるのは良くないとの指摘もあり、無理やり南側に玄関を作ったことで、スペースが中途半端に空いてしまったため、そこにチマチマした納戸や部屋を作ることを嫌った結果、物理的にこうなったという事情もあった。

なんでも風水によれば、西に玄関を付けると男の運が下がるとかで、大借金を背負ったまま、拙者の運が下がっちまったらたまらないからだ。まあ、そんな家、土地事情の厳しい日本にはゴマンとあるのだが、そう言われると気になって敢えて効率を無視してというか安直に玄関を付けなかったのだ。

このアイデアをぶち上げて、喜んだのは設計士である。こんな自由にやりたい放題できる客はそう滅多にないのだろう、どんどん悪乗りアイデアを出してきたので、拙者もそれに便乗して気に入ったものは徹底的に受け入れた。

ただ、拙者は家を建てるにあたって明快なイメージというかコンセプトを持っていたので、迷いなどあるわけがなく、打ち合わせは全ての項目をほぼ一発で終わらせた。設計士さんからすれば実に楽な客だったと思う。自分からほとんど提案しなくて済むし、やっぱこうしたいなどという後出しじゃんけんも一切なかったからだ。

一方でやりたい放題やった結果、それはすさまじいものになったのだが、コストもアホみたいにうなぎ上り状態だった。その後、どうやってコストを下げたかは既にお話したとおりだが、だからといって部材をショボくしたり一切せず、実はほとんど妥協した箇所はない。当初のアイデアからほとんど変更はしていなかったのだ。住宅メーカーにほとんど滅多にやらないテストケースとしての要素、コンセプトモデルというか、結局負担させたようなものだった。アグレッシブに新しいものを取り入れたため、担当者ベースでは実際には初採用という部材や設備もいくつかあったようだ。

2Fは日当たりを考えて、リビングにした。リビングは一転して白い世界である。床も壁も全て白くし、アクセントでキッチンをこげ茶のかっこいい対面式キッチンを入れてモダンな雰囲気にした。カーテンも徹底してこだわり抜いた。これだという直感で選んだら、やはり高い生地だったらしく、おかげで家全体でやらかしたら、えらく高くついた。

広がりを出すために、屋根までぶち抜いた高い天井にしたが、一部をロフトにした。ところが建築基準の関係で斜線規制が厳しく、勾配天井になったため、ロフトのはしごを掛けるには壁の高さが足りないという問題が生じた。ロフトのはしごは壁に掛けておくのが一般的だからだ。

ならばということで、はしごはオブジェにしてしまえ!ということでリビングに常設という異形のレイアウトとした。広いリビングならともかく、狭いリビングでやってしまったのだから、始末におえない。

それと、こじつけのようだが、階段、そしてこのはしごという動線は上へ上へという思いも込めている。既成の概念にとらわれず、自由にそして可能な限り上を目指せという意味を込めたつもりである。

また、将来子どもが大きくなったときに、狭い家ではあるが、この空間を立体的な広がりを感じながら、遊べるようにということも意図している。立体的な広がりやちょっと危険の伴うはしごなどを日常的に使うことは、発育にも何らかのポジティブな作用があるのではという勝手な思い込みもあったからである。

そして、こんなレイアウトにしたのも、今まであまり見たことのないユニークさ、遊び心を来訪した人にも感じてもらえれば楽しいかなという思いもあったからである。

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2008年9月15日 (月)

新居完成

080915_16270001 今日、ついに家が完成した。

このブログを見た人には特別に内覧をさせてあげましょう。左の写真はリビングの一部である。奥のキッチンは拙者のこだわりのものである。手前のはしごはロフトにつながっており、リビングに常設はしごという結構アグレッシブなレイアウトになっている。

前にも書いたとおり、ほぼイメージ通りのモノが出来上がった。設備もほぼ完全になり、説明を受けるのでほぼ半日を費やした。

080915_16280003 足場が取れると思った以上に隣の家との間隔が広く感じられ、思った以上に圧迫感がない感じだった。外装も結構かっこよく仕上がっており、思いのほか上品な感じだった。

実は今回の自宅のコンセプトの最大の目玉は、うまくケータイで写真が撮れなかったため載せていないが、玄関である。狭い家にしてはかなりデカく作っている。

床を白いタイル張りにしており、かなりモダンな仕上がりになっている。調光なども出来るようになっているため、蛍光灯が多用されておらず、またリビング内階段になっているため、暖房効率も若干劣るなど、電気代はややかかるかもしれない。

とはいえ、拙者のコンセプトを具現化した自宅、是非友人の方には見に来てもらいたいと思っている。その節は、多少だけどおもてなしをさせて頂きます。

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2008年9月14日 (日)

拙者の教育論

今週号のAERAを見ていたら、公立小学校の格差についての記事があった。

拙者の新居の学区は、そこでも紹介されていた人気の学区なのだが、それが一種のブランド化し、不動産の地価にも影響があるのだという。そんな程度で爆発的に資産価値が増大するわけでもなく、まあそう言われても拙者にはその実感はないが。。。

これはあくまで私見で否定するつもりはないが、個人的に気が狂っているなと思うのは、その学区の小学校の150人の卒業生のうち、8割が中学受験するのだという。本当に狂っているとしか思えない。別に学区内の近所の中学校が悪いようにも見えない。拙者だったら、ガキがよほど希望しない限り受験はさせない。世の中にはいろいろな人がいるということを知ることの方が大事だと思うからだ。

これはエリート教育というよりは単なる親の自己満足に起因した”ブランド志向”というだけのような気がする。

少なくとも、親が偏執狂のように子どもの進路を決めたところで、最終的には子どもの実力が問題になるわけで、拙者の考えでは問題は大学を出て社会人になってからどう生きるかということである。そのまま突き進んで徹底的に就職する会社も”ブランド”で選んだところで、それに満足して入社したら何もしない、決められない無責任&無能社員になったら全く意味がない。これからの世の中、今ブランドがある会社、職業が未来永劫輝き続ける保証もないのだから。。。

話が若干それたが、拙者なら、小学校のうちは計算や書き取りなどのごく基本的な基礎学力は重視するが、極端な話、応用問題は中学や高校などずっと後からでもよく、小学生のうちは野外活動や習い事などにエネルギーを使うだろう。小学校のうちにしか出来ないことが他にもあると思うのだ。最近は、英語などを早くから習わせる人もいるようだが、母国語の日本語の能力も十分でないのに、新しい言語を学ぶことはどうかと思ってしまう。親が強引に自分のエゴで子どもの進路を示すより、自分は何をやりたいかということを発見できるようサポートすることが重要なのではないかと拙者は思う。

心配なのは、過剰なまでに教育熱心なのが高じて、いわゆる”モンスター”系の親だらけじゃないか、かえって心配になってきた。

拙者は学歴という点でいえば、どちらかというと、そういう絵に描いたエリート、いやブランド志向路線を歩いてきたわけではない。特に高校までは同じようなレベルの生徒が集う超進学校ではなく、学業成績も上から下まで幅広く分布した学校だった。でも、全体的にお勉強のレベルは大したことないといわれても、その分布が示すように割と多様な人生を選択する同級生が多かったことは、自分の人格形成においても良かったと思っている。

一方、今の職場などはどちらかというと受験の勝者のようなエリートが集まった職場ということもあり、周囲にもお受験組だった人も何人もいる。

実感としては、じゃあお受験組がみんながみんな優秀かというと、はっきり言ってそうでもないと思う。学校での成績と社会に出てから仕事が出来るかは、よく言われることだがあまり関係ないと思う。確かに有名大学を出た人が仕事の面でも優秀である確率は相対的には高いといえるが、実感としてそれは絶対ではない。

いわゆる日本のエリートは霞ヶ関を見ても大手金融機関を見ても分かるとおり、モノを決める判断能力に乏しい。リスクを取って何かをするということが本当に出来ない人が多いのだ。最近では人間としてものごとの善悪の判断さえ出来ないようだ(笑)。これが現在の日本の混迷につながっていると思う。

もちろん、そもそも優秀な人も多いから、そういう体制にモノを申したり、新しく何かを立ち上げていく人もいるが、絶対的にはまだまだ少ない部類だと思う。

これからの時代を生きていくうえでは、小手先だけ頭がいい人よりも、多少その面は割引されていても野太く生きていけるバイタリティのある人の方が実社会では活躍できると思う。

拙者もそんなに地頭がいいとはいえないが、自分より優秀な人たちと切磋琢磨し、背伸びして、もがいて何かをやろうとすることだけでも、日々知恵というものが付いてくるわけで、また人生における経験値が多ければ多いほど、それが単なる知性だけの人を乗り越えるだけのものを身に付けることが出来ると思う。これは体験的にそう思う。

むしろ大事なことは周囲から何でも貪欲に吸収し、そこから自分の生き方を考え、人生に活かすようその考えを実践出来る行動力と感性である。

拙者が教育をするなら、そういったことを重視したいと思っている。

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2008年9月10日 (水)

ファイナンス完了

今日、建物のローンの実行の申し込みを行い、無事終了した。

最近は不動産関係は貸し渋り・貸しはがしがあるようだが、拙者の与信は大丈夫だったようで、予定通り実行の運びとなった。

司法書士にも委任状を出し、登記関連の手続きも準備に入った。

それにしても、やれ本人確認だの、やれ説明だの、ほとんど半日つぶれた。司法書士も銀行の担当者に対しても書類の授受にあたって本人確認をしているのには驚いた。銀行の人間さえ、銀行の店舗内なのに本人確認をされるのだ。やっている司法書士はもちろん、そこに居合わせた一同でそこまでやるか、随分厳しいですよねえと笑い合った。

実行金利は想定より安かった。とにかくありがたい。

それと、終わってみると、全ての資金需要を下方修正後の予算の範囲内でとりあえず賄えたのはうれしかった。

後は引渡しを待つのみである。

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2008年9月 9日 (火)

ちょっとシメたれや

先日の話の社長の会社(以下A社)、審査で問題事項が発生して、申請を却下した。

実は、8月の業績が予算に行っていなかったらしく、利益を作りにいった恐れがあったからだ。ある新規取引先だけでA社の当月の利益に4割の寄与があり、しかも大手相手ならいいが見たことも聞いたこともない会社に大きな与信を与え取引を開始していた。当然、与信や取引実施の稟議書を提出させ、徹底的に調べ上げた。

手分けして、その会社(B社)の実態を調べた。登記簿謄本を取り、その住所の場所に出向き、社長の自宅まで確認に行った。

するとそのB社は、会社の所在地は都内のワンルームマンション、奇妙なことにその取引先の社長の住所はある会社の社宅になっていた。社長は名義貸しの可能性もある。売上げ規模は小さく、当月の売上げの金額を支払う余力のある会社という印象はなかった。

にもかかわらず、A社はB社から決算書も取り寄せず、また帝国データバンクのデータで確認した形跡もなかった。

さらに調べると、B社はA社社長の知り合いが関与している会社であるといったことも見え隠れし、いわば利益の融通のような循環取引の可能性すらあった。どうしても、その疑いが残るのだった。

A社に対しては、この点についてはヒアリングを実施した。しかし、拙者たちにとって納得性のある明確な回答を得られなかったため、上場会社としての資質が不十分という判断を下さざるを得ないということになった。

拙者は、他の同僚からも本件をどうするか、どう思うかと聞かれたが、「あの社長、ちょっとシメたれや」と言った。

かくして、A社の社長には「当社として取引所への推薦状は出せない」と通告したが、それまでの自信はどこへやら、「他社でやるからもう結構」と逆切れされるのかと思ったら妙に神妙な感じのリアクションで気持ち悪かった。何か後ろめたいものがあったのかもしれない。

これまでは一丁前に散々言ってくれたが、いい気になるな、本気でシメたらこうなるというのを少しは思い知っただろうか。

いずれにしても、それ見たことかというのが正直なところだった。

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2008年9月 7日 (日)

9割完成

ところで、建設中の家を見に行くと、外装も終わり、内装もクロスが張られてすっかり家らしくなっていた。ちょうど、照明の取り付けが始まっていた。

ほとんど完成まで追い込みの段階で、あとはスケルトン階段とカーテン、トイレや洗面台などを残すのみとなった。カーテンも仕様は決まり、発注をかけた。結果的に、自分のこだわりを徹底して追求したため、かなり値の張るものとなった。

ほぼ、拙者のイメージ通りのものが出来た。期待以上かもしれない。そういう意味では非常に満足した。さすがは、定評のあるメーカーの施工ということもあり、細部にわたるまで非常に精緻に仕上げられている。

9/10には竣工、9/15に完成お披露目、9/20引渡しとなる。

外構工事だけは引越し後からの開始となるので、多少時間がかかるが、敷き詰める砂利なども選定を終え、家の本体工事が終わるのを待つのみである。

ちょうど、隣(南側)の家も同時期に建設が始まったが、事前にこちらの図面を提供しておいたこともあって、拙者の家のリビングの窓の前には窓を作らず、意識的に外してくれたようだ。こちらとしては非常にありがたいことだった。またたまたまなのか、結果的に似たような色みの建物が並んで出来たことで、景観的にもおさまりはよくなったと思う。但し、家のデカさは2倍ぐらい違うが・・・。

懸念していた資金繰りもきわどい所でなんとかなりそうだ。本体工事をこだわりまくった工事内容の割に、ハードネゴでかなり安く抑えたため、カーテンや外構工事などの付帯工事も入れてもほぼ当初計画の予算内で収めることが出来た。ハウスメーカーは本体工事では泣いただろうが、その代わり利益率の高そうな付帯工事も全て発注したので、それで少しは癒されたのではないかと思う。

いずれにしても、施工業者の選定は正しかった。それと、メーカーさんのご担当というか、そういったスタッフの方々にも恵まれた。まさにそういった人との出会いにも恵まれたということだ。

思えば、丸一年もかかる大プロジェクトであった。

その間、まさかのサブプライムの影響を自分も受け、いきなり資金計画が厳しくなったり、なかなか前の自宅が売れなかったり、まさに薄氷を踏む展開の連続だった。

いよいよ最終コーナーをまわったわけだが、自分のイメージを形にしたという意味において、本当の意味で全て自分の手によるプロデュース作品ともいうべき自宅になったことは非常に感慨深く、満足はひとしおのものがある。

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2008年8月31日 (日)

住居表示決定

先日、ようやく住居表示がおりた。

手元に住宅メーカーから住居表示のプレートが届き、やっとここまで来たなあという実感を持った。

最近は、もっぱらカーテンの選定に追われている。やはり、いろいろと見ているといいものには目が行くのだが、値段がやはり高い。

でも、なかなかかけ替えるものでもないから、極力妥協はせず、出来る限りイメージに合ったものを使おうと思っている。

引越しの業者も、日にちも決まり、いろいろとスケジュールが確定してきており、いよいよ最後の仕上げに入ったという感じである。

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2008年8月30日 (土)

そこまで言うのなら

先週あたりまでもめていた案件が結局実施されることとなった。

確かに拙者たちの会社のやり方にも問題があったのだが、その後の顧客側からの執拗な、ほとんどクレーマーにも似た対応に、少なくとも拙者は「そこまで言うなら、こっちにも考えがある」という気分にだんだんとなっていた。

何も取引関係に限った話ではないが、信頼関係が崩壊した中で、打算的に関係を維持するのはお互いにメリットがないという思いがあるからだ。

その顧客は最初は我々を切ることも真剣に考えて、他社に乗り換えるか検討していたようだが、これまでの機会損失を考えたのだろう、結局そのままやることにしたようだ。たぶん、このディールが最後の取引関係だろう。

その顧客はベンチャー企業なので、社員は社長以下かなり若いのだが、この会社の場合、拙者にはその若さゆえの会社及び人間的未熟さが目につき、この一連のやり取りの中で、本当にこういう会社を資本市場に送り出すのがいいのか、とさえ今では思うようになった。

拙者はこの案件を獲得するにあたって、この経営者には相当な懸念を持っていた。見た感じも経営の手腕も悪くないが、何となく人間的にげせないところがあったのだ。とにかく、何か引っかかるところがあるというか、嫌な予感があったのだ。少なくとも、自分とは合わないな、と。

プロとしてはいかがかと思うのだが、拙者は実はこのディールについては自分達が落選するように密かに祈っていたほどである。ところが、どういうわけか獲得してしまった。

社内には何でもいいから仕事が欲しいという輩もいたりという会社の立場にも押され、仕方なくやることになったというのが拙者の正直な心情である。まあ、少ない案件の中で1件獲得の実績には変わりないし、一応社内での評価も高まるし、拙者のペイにも悪い影響にはならないということで、ポジティブに考えようとした。

また、組織再編の関係で、この会社の所属セクターの担当から拙者は外れることになっていたため、このディールを最後にこの会社とは関係が切れることも社内的には決まっている。今回限定のスポット参戦だから、気が乗らないのを何とか我慢しようという動機にもなっていた。

ここまで書くと、いかに拙者のやる気がないかが分かるだろう。実際そうなのだ。

そんな矢先に、同僚の不手際からこの顧客とトラブルになった。その後の展開は嫌な予感が的中したという感じだった。

詳しくは書かないが、この社長はこれまで挫折がなく、自由気ままにやっていながらも成功してきたというだけあって、大した自信家である。それもあって自分達は大手の金融機関とも対等な関係だ、という思いが強いのだと思うが、そう思うのは自由だが、現実問題として金融機関の担当者の心証を害して、いざというときに「そこまでいうのなら、もう結構ですよ。面倒見切れません。」とケツまくられたらどうなるか分かっているのだろうか?言っていいことと悪いことがあるのではと思うのだ。

交渉一つとっても、単にこすっからいだけで、人情の機微をわきまえないこの会社というか社長のやり口は、いずれ自らの味方を失って、自滅していく運命にあるように拙者には思われる。そんなところが、この社長なり、この会社の”行き着く先”のような気がするのだ。

こういう言い方をすると、実に不遜に聞こえるかもしれないが、彼らだけではどうにもならない世界というのが厳然としてあるわけで、現実問題はそんなものである。

一方で、単にデジタルに割り切れる話でなく、意気に感じるという世界はあると思う。拙者はそういうのも大事にしたいと思っている。あらゆるステークホルダー(利害関係者)から支持を得ている企業(起業)家というのは、そういう情熱と人となりのようなものを持ち合わせていると思う。

拙者にも上司がいるから、「先のことを考えたらうちのためにならないから、あまり深入りして付き合わない方がいい。」という進言はしたものの、今のところはそうなっていない。拙者が最高権限を持っていたら、容赦ない判断を下していたと思う。

来週以降、厳しい戦いが予想されるが、実績欲しさにゲテモノ食いも辞さないという上もしっかりとinvolveさせながら、まあ淡々と仕事を片付けていきたいと思っている。

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